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橋本順一の哲学

芸術、科学、哲学、政治、経済、健康、恋愛、娯楽など、様々な分野において、思いついたことを綴る「ひらめきエッセイ」です。

芸能の神様


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 どうも。いつもお世話様です。

 

 久しぶりのブログですね。

 2ヶ月間ほど更新していなかったにもかかわらず、その間も、以前と変わらぬ、いや、それ以上のアクセスをいただいているらしく、なんか、もう、奇跡的な感じがしますね(無名の個人が運営するブログとしてはね)。

 

 ありがとうございます。

 

 さて、私はこの春、いくつか映画を観てきました。

 そのうちの一つが、話題作・『ハルチカ』です。

 新宿に観に行ったので、上映開始時刻の前に、(時間潰しのために)近くの芸能浅間神社に参拝してきました。

 そこで芸能の神様に、或る方の芸能的安泰をご祈願してきました。

 

 その“或る方”というのは・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 橋本順一くんです!

 

 

 

 

 

 嘘です!

 

 別の人ですよ、もちろん。

 

 

 

 さて、それはいいとして、映画のほうなんですけれどね、爽やかで、絵的に美しく、詩的情緒を思い起こさせるような、素敵な作品でした。

 

 劇中のオリジナル曲もまた、カッコよかったです。

 『座頭市』みたいでした。

 

 会場は、若い女の子(たぶん中高生)で埋め尽くされていました。

 男性客は私も含めて3人だけでした(私は一人で訪れました)。しかも私、チケットを買うとき、いちばん壁際の席を選んでしまったんですよ。

 

 で、なぜか、その劇場のその席(会場の右端)に面する通路が無い・・・そんな造りになっていたのですね。つまり、そこからいちばん遠い席(会場の左端)に面した通路から入り、着席済みの女の子たちの波を掻き分けるようにして、壁際まで進んでいくしかないわけです。

 

 あ、すいません、みたいな(笑)。

 

 座敷タイプの居酒屋で飲み会をやったときにありがちな、例の、あ、すいません、みたいな(笑)。そんな感じ。

 

 ま、楽勝ッスよ!

 

 

 

 あと、別の日に、『PとJK』も観てきました。

 

 “結婚から始まる恋”みたいな、そんな話。

 

 ふつう逆じゃないですか。ふたりが出会って、恋人関係になり、一定の交際期間を経て、結婚、っていう。

 

 でもこれは逆のパターンだったので、新鮮でした。

 

 まあ、だけど、事前の予想と違ってましたけれどね。すなわち、女性側が結婚をせっつく話なのかなって思っていたのだけれど、そうじゃありませんでしたね。

 

 原作が少女漫画だということを考慮し忘れていました(笑)。

 

 大人の男がJKに結婚をせっつくほうが、(異論もあるだろうけれど)いいんでしょうね、最終的にはね(笑)。

 

 

 

 
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キャンディーの包装紙。

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「玉手箱」

 表現活動(芸術・芸能)は、いわば「玉手箱」の作成・公表です。

 それは、私たちの暮らすこの世界を、自分なりの価値基準で区切って、オリジナルの「枠」を設け、示すことなのですね、その中に独特のコンテンツを詰め込んでね。

 だからこそ、アイドルさんは舞台に立ち、歌い、踊り、そしてMCをするのだし、女優さんは撮影にのぞみ、演技をするのだと思います。

  それを何らかの媒体に記録することこそが、「玉手箱」の作成であり、作品づくりというものなのですね。

 

 したがって、逆にいうなら、そうした「玉手箱」の作成なしには、芸術・芸能は成り立たないことになりましょう。

 

 ものづくりに携わる人間は、そのことさえ理解できていれば、あとは難しく考える必要はないと思います。

 

 とにかく「箱」を作っちゃえばいいのです。

 自分の中の有益な情報をパッケージにして詰め合わせ、提供しさえすれば、もうこちらの仕事は完結です。あとは受け取る側の問題なのですね。

 

 ただし、「箱」に関しては、従来通りの「判りやすい」枠である必要がありましょう。その中身は新規的・独創的であってもよいのだけれど、「箱」そのものは普通のというか、慣れ親しんだものであるほうが、のぞましいでしょう。

 たとえば、CDを作る、映画を撮る、物語を書く、そして絵を描く・・・といったような、「判りやすい」提示方法をとることが大切なのですね。

 それ以外の提示方法は、(やるのは自由だけれど)たくさんの人々に受け入れてもらうためには、あまり有効ではないような気がします。

 そっちは、表現者の仕事ではありません。開発者、技術者、もしくは裏方を支える人たちの仕事です。

 

 ちなみに、私は表現者です。

 表現者は、表現者としての仕事に徹するべきでありましょう。

 

 そして、その「仕事」とは、「世界を切り取ること」なのです、自分独自の価値判断をそこに盛り込みながらね。

 

 

 そのレベルが高ければ高いほど、その人は「天才芸術家」であるといえるのではないでしょうか。

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人生とは「夏休み」のようなものです

 人生とは「夏休み」のようなものであります。

 

 ゆえに、日々の暮らしの中で訪れるイヤなことや辛いことは、「宿題」であるといえましょう。

 

 たとえば仮に、それを初めの10日間で終わらせてしまえば、残りの約30日間を思いっきり楽しむことができますよね。それって、最高のバカンスになりますよね。30日間まるまる遊びに使ったっていいわけですからね。

 

 

 

 でもそれは、「宿題」を頑張ってやり終えたからこそ、最高の「夏休み」になってくれた、ということでもあるのです。

 

 

 

 人生も同様でありましょう。

 

 「イヤなこと」を経験すれば、それはもう、「宿題」をやり終えたみたいなもんなのですね。

 

 昔からよく、「若い頃の苦労は買ってでもしろ」っていうけれど、あたかも「夏休み」の「宿題」を最初の10日間で終わらせちゃって残り30日間を悠々自適に過ごすのと同じように、早い段階で「イヤなこと」を経験しておくことは、とても有意義なことなのであります。

 その先に連なる日々は、ハッピーな性質のものとなっているのですね。

 

 

 巨大サイズの素晴らしい世界の扉が開くのを、実感できるでありましょう。

 

 

 ところが一方、「宿題」を後回しにしておくとどうなるかっていいますとね。「夏休み」を満足には楽しめなくなってしまうことになりましょう。

 なぜなら、「宿題」に追われる日々が続くだけだからです。

 

 

 「夏休み」というのは、「宿題」を後回しにしていると必ず最後のほうでそのツケが回ってくるようになっているのですね。

 

 

 人生も同様でしょう。

 

 それは、厳しい部分と、快適な部分と、両方の部分があるのです。

 

 しかし、そのカラクリさえ判ってしまえば、恐れるものなど何一つありません。

 たとえば、「イヤなこと」を人から言われたり、されたり、また不可抗力によって「イヤなこと」を無理矢理経験させられたりすると、なんだか巨大サイズのイヤ~な世界の扉が開いてしまったような気がして、心が沈んでしまうことも、ときにはあるでしょう。

 

 でも、じつは、それは誤った思考パターンなのですよ。

 

 巨大サイズのイヤな世界なんて、ホントは存在しないのです。

 一見、今後もイヤなことが継続的に降り掛かってくるかのようにも思えてきてしまったりするのだけれど、それは自分の心の中で勝手に作り上げられてしまっているだけのものなのです。

 なぜなら、「イヤなこと」ってのは、「宿題」と同じだからです。

 やり終えればやり終えるほど、経験すれば経験するほど、あとがラクになっていく。    

 まるで「宿題」の残っていない「夏休み」が悠々自適だったのと同じようにね。

 

 たとえば、ビジネスや日常の仕事の現場において、誰かから叱られたり、イヤな言葉を浴びせられたりしたとしても、彼らにとっても、それは「宿題」をやり終えたようなものなのですよ。

 言わなきゃならないこと、伝えなきゃならないことを処理できて、ホッ、としている可能性だってあるのです。

 

 

 だから、彼らも一仕事終えてハッピー、自分も「宿題」を済ませてハッピー、みんながハッピー、みたいな状態だと考えられるのですね。

 

 

 

 したがって、あとに引き摺る必要などまったくありません。

 

 

 ましてや、反発したり不機嫌になったりする必要など更更ありません。

 

 

 

 むしろ、「夏休み」が充実していくのだから、感謝してもいいくらいなのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イヤな世界の扉は開かない。

 

 そんなものはもともと無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あるのは、広大で、楽しく、素敵な世界のみ、なのであります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お互い、「夏休み」を思う存分、満喫していきましょう!

 

 

 

 

 

 

 

 ま、でも、世間的には、いま思いっきり「冬休み」の時期でしょうけど(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

距離と欲望

 食事をするということはどういうことか、っていいますと、それは、「食べ物を自分の体内に摂取する」ということです。

 つまり、それは❝ターゲット❞もしくは❝パートナー❞を自らに密着させる、ということにほかならないのですね。

 

 人間や動物は、食事を通じてエネルギーを体内に取り込んでいるわけだけれど、そのためには食べ物を距離的に近づける必要があるのであって、だからこそ、人は食べ物を食べるのであります。

 

 したがって、「食欲がある」ってことはどういうことかというと、それは、「自分が食べ物に近い所にいたいという気持ちを保持している」ということを意味するのであります。

 

 この原理を一般化すると、次のようになります。

 

 「欲がある」ということは、「自分がパートナーに近づきたい気持ちを保有している」ということ。

 

 それを意味するのであります。

 

 これは食欲に限った話ではなく、性欲においても同様に当て該まります。

 「性欲がある」ということはどういうことかっていいますと、それは、

 

 

 「自分がパートナーと距離的に近い所にいたいという気持ちがある」

 「自分をパートナーに密着させたいという気持ちがある」

 

 

 ってことなのですね。

 

 

 睡眠欲についても、いま述べてきた文脈からすれば、同様の構造が見て取れるでありましょう(それについては、別記事にて、改めて詳述します)。

 

 

 さて、そう考えてきますとね。あらゆる欲望は、「密着欲」「接近欲」であると、(ひとつには)いえるでありましょう。

 

 

 ターゲット、パートナーに近づくことができれば自分は幸せなのであり、だからこそ、人はそうなりたいとの欲求をもつのだと考えられるのです。

 

 

 欲望を満たすための最大のキーポイントは、「距離」です。

 

 

 「距離」を縮めることこそが、人生なのです。

 

 

 幸せになるための努力は、「距離」を縮めるための努力である、というわけですね。

 

 

 

 じゃあ、どうすれば、その「距離」を縮められるのでしょうか?

 

 食欲の実現については、食べ物を手で口へと運び、入れればいい(笑)。

 

 そして、性欲の実現については、次のような感じになると思われます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 異性を直接的・排他的な言葉で誘惑し、会い、触れ合えばいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただそれだけの話だと思います。

 言葉にすれば、簡単な行為です。

 

 自分自身とエネルギーレベルの釣り合う相手であるなら、思い切って好意を打ち明け、交際へと持ち込み、触れ合う関係になればいいだけです。

 決して難しいことではありません。

 もし難しいのだとしたら、それはエネルギーの不釣り合いな相手にアプローチしてしまっているか、もしくは、エネルギーは釣り合っているけど「距離」を縮めていない、すなわち、まだ相手の心の中にまで踏み込んでいない、他人行儀のままでいる、といったような、不完全な働き掛けであるにとどまってしまっているかの、どちらかであることになりましょう。

 前者の問題については、長い年月をかけて地力をUPさせていくなら、(なんとか)解決することができるかもしれません。

 後者の問題については、愛を告白することで解決できると思います。

 

 

 

 したがいましてね。エネルギッシュなモテ男の場合は、話はじつにシンプルに纏まるのであります。

 

 

 ヒュー!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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❝運命の人❞

 この世は、「時計仕掛けの有機体」です。

 

 ゆえに、各構成員相互の結びつきは、まったくの無制限というわけではなく、相性の良い者同士でのみ繋がり合うという、「相性社会」の体をなしています。

 

 物質と電磁波の相互作用は、そこから必然的に派生してくる、この世界を代表する最も基礎的な自然法則であります。

 それは、元素ごとに作用する光の波長が異なっている、というものであり、そこで最も注目すべき点は、その相互作用における当事者の組み合わせは、すでに相手が誰であるかが決まっている、ということです。

 

 たとえば、原子核を取り巻くこの殻からこの殻へと電子が遷移する場合はこの電磁波が出て、あの殻からあの殻ならあの電磁波、その殻からその殻ならその電磁波・・・というふうに、パートナーは既に決まっているのであって、別の者に切り替わることはない、という法則が、この世にはあるのですね。

 

 

 

 つまり、物質も電磁波も、相互作用するうえで絶対に浮気しない、ということがはっきりしているのです。

 

 

 

 さて、それでね。ピンッ、ときたものがありましてですね、それは何かといいますとね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ❝運命の人❞について、です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の場合、どうやら、それは・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  メリークリスマス!

 

 

 

 

 

 

 

 

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 いやあ~、ちょっと時間過ぎちゃいましたね~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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女心と秋の空

 

 (“女心”と掛けまして・・・)

 

 

 「ほう、“女心”と掛けまして、ですか、」

 

 

 (“秋の空”と解く・・・)

 

 

 「“秋の空”と解く。」

 

 

 (そのこころは!)

 

 

 「そのこころは!」

 

 

 (復唱すんなっ!)

 (問いに答えろよ!いわゆる寄席でやるところの謎掛けをしてるんだからさあ!なんで同じフレーズを2回リピートするんだよ!ほら、ちゃんと答えろよ、)

 

 (・・・そのこころは!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「何考えているか未だによく判らない。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (違うよ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「違わねーよ!」

 「なんなんだよ、お前さっきから!女って、そういうところあんだろーが!なかなか手の内バラさない、みたいなさ!」

 「お前のほうこそ、ちゃんと答えてみろよ!なあ!・・・お前、女心、全部判るのかよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (そっちの“こころ”じゃねーよ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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額装は面白い

 自分の作品を額装し、自宅の壁に掛けてみました。


 なんか、それ自体が楽しかったです。



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 今日、昼間、久しぶりに吉祥寺へ出掛け、額縁を壁に掛けるための金具を買ってきたんですけれど、Loftさんの或るフロアーに行くと、こじんまりとした画廊&画材屋さんみたいなお店があって、そこではいろんな物故作家や新鋭作家たちの絵画が売られており、見るだけでワクワクしました。


 カンディンスキーマティスモンドリアンキース・ヘリングなどの巨匠の作品をみると、やっぱりインスパイアされますよね。


 それらは、額装されていることで、さらに魅力が増幅されているような気がします。



 ぜんぜん関係ない写真とかでも、そうした処置を施すことで、作品の良さが引き立つんですね。



 そこが額装の素晴らしいところだと思います。



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 この浮世絵は、7年ほど前にお世話になっていた美術コレクターの方(故人)から戴いた明治時代の作品で、周延(ちかのぶ)という作家の手によるものです。



 めっちゃシブいです。



 たぶん、これからさらに年月が重なっていくたびに、よりイイ味を出していくことでしょう。



 いいものを貰っちゃいました。



 ありがとうございます。



 そのコレクターの方は、鏑木清方日本画や、国木田独歩の作品集など、たくさんの掘り出し物を所蔵しておられました。

 やっぱり、ビジネスで或る程度成功した人って、一定の割合でそっち方面に興味を持ち始めるケースが多いですね。


 でも、その逆は判らないですけれどね。すなわち、美術方面に興味のある人がビジネスで成功するかっていうと、それは判らない、ってことです(笑)。
 まあ、するかもしれませんけど(笑)。



 

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 関係ないですけれど、昔、吉祥寺Loftさんで、アイボリー色をしたロー・テーブルを買ったことがあって、すごく気に入っていたんですけれど、6年前の引っ越しのときに処分してしまったんですよね。また新たに買えば済むことだと考えて。
 でも、今日再び同じ売り場を訪れてみたら、すでにそういうショップ自体がありませんでした。
 まあ、年月がだいぶ経っているから、無理もないですけど。


 いま、ロー・テーブル、めっちゃ欲しいです。


 あと、インテリア館Miyakeさんで、CDラックを買ったことがあり、それも追加で欲しいんだけれど、どうでしょうかね。年数が経っていますからね・・・。



 CD、溢れてます。








 吉祥寺、やっぱり、オシャレでしたね。相変わらず。



 ハロウィン関連のグッズが売られているコーナーが、いろんなお店のいろんなフロアで見受けられました。







 たまには、のんびり買い物もいいですよね。
















 あーーー、


 額装って楽しいなあああぁぁーーーーーーーーーーー!




















 あああああああーーーーー!

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