橋本順一の哲学

芸術、科学、哲学、政治、経済、健康、恋愛、娯楽など、様々な分野において、思いついたことを綴る「ひらめきエッセイ」です。

ゆでガエルの法則

 小さな失敗、小さなサインというのは、案外バカにできません。

 なぜなら、それは唯一の「ゆでガエル予防策」だからです。

 人というのは、多少キツくても、現状維持の方を選んでしまう生き物。

 その点では、ちょっとずつ茹でられている蛙とまったく同じです。*1

 些細な苦難がちょっとずつやって来る程度だと、人はつい、耐えてしまいます。だから、それを何回か繰り返しているうちに、いつの間にか茹で上がっているのですね。

 そうならないためには、小さな苦難が現れた時点で、新しい行動を起こすべきなのです。

 現状を維持するのではなく、変えていく。

 神様は、小さなサインを送って、「変えなさい」と言ってきてくれているんですよ。

 だから、もし変えずにいると、やがてゆでガエルになってしまうのです。

 「変える」とは、「蛙になることを変える」の意なのであります。

 そのきっかけを作ってくれるのが、小さな失敗や小さな苦難なのです。

 神様からのサインって、案外小さいもんなんですよね。

 サインってのは普通、「小さなサイン」のことを指すんですよ。大きなサインというのはないんですね。そこまで膨れ上がった頃には、もう「ゆでガエル」の筈だから。手遅れってこと。

 ゆえに、小さなサインにこそ注目するべきなのです。それに従い、新たな行動を起こすことが、正解なのであります。

 考えてみると、物事って、全体と細部とが相似の関係にあるんですよね。つまり、「一事が万事」ということですよ。

 そうであるなら、カエルに対しての「一ゆで」は、「万ゆで」に匹敵するほどの、重大なサインであるといえましょう。

 一ゆで、一ゆでを甘くみてはなりません。

 それは「ゆでガエル」の素だからです。

 一ゆででも目の前に現れたなら、面倒がらずに、行動を起こし、現状を変えていくべきなのですよ。

 「大きなサイン」なんてのは、ありません。サインってのは、普通、「小さい」のです。小さくなかったら「サイン」じゃないでしょう。「さりげなくほのめかす伝達方法」のことを、「サイン」って呼ぶわけだから。

 大きかったら、ほのめかしてねーじゃん、ってことになりますもんね。

 それはもはや「サイン」を超えて、「現実」「地獄」を突きつけられているのと同じでしょう。

 したがって、そこまで大きな事実が現れない限り何もしない、ってのは、相当怠けていることになるのですよ。

 人は、「小さなサイン」を見逃さないように、いつも感性を磨く努力をする必要があるのです。そして、それが出てきたら、躊躇せずに行動を起こすべきなのであります。

 

 

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*1:蛙を水を張った鍋の中に入れたまま、徐々に加熱していくと、蛙は鍋の外に出る気になれば幾らでも出ることが出来たのに、現状に満足してしまい、いつの間にか茹で上がってしまう、という実験事実に基づいています。

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