橋本順一の哲学

芸術、科学、哲学、政治、経済、健康、恋愛、娯楽など、様々な分野において、思いついたことを綴る「ひらめきエッセイ」です。

ねんど遊び

 この宇宙は有限の完結体であり、その中身(構成要素)は弾力的かつ流動的に組織されています。

 だから、それは一律の平坦なものではなく、「あちらを立てればこちらが立たず」的なデコボコな内容になっています。そして、「あちら」と「こちら」とでは互いに帳尻を合わせ合う関係に立ちます。

 そうした特徴が顕著に表れたもの、それが「個性」であります。

 個人の才能や容貌がまさにそれ。

 才能がある人もいれば無い人もいるし、容姿に恵まれた人もいれば恵まれない人もいるのです。或る人と別の人との間で、弾力的に能力が割り振られているのであります。まるで戦国大名の勢力地図みたいにね。

 大きいところと小さいところとがあるのです。「弾力的」とは、そういうことです。

 あたかも神様が、ねんどを手でビヨ~ンと伸ばしたり、千切ったり、丸めたりして、各々の組成を作り分けているかのように、「個性」は出来上がっているのであります。

 ここでいちばん大切なことは、そうした❝神様のねんど細工❞では、材料やエネルギーが限られている、ということなのです。何Kgとか、何ジュールとか、総量が決まっているんですね。

 神様といえど、それ以上量を増やしたり減らしたりできないのであります。

 できるのは、組成を変えることだけです。

 宇宙という限られた枠組みの中で、百花繚乱の個性的顔ぶれを作り、いじって、遊んでいるのであります。

 神様のそうしたねんど遊びのことを、人間は、「自然の法則」とか「宇宙の摂理」というふうに呼んでいるのですね。

 生物の進化も、要は神様のねんど遊びなんですよ。

 進化論における解釈論争で、たとえば、キリンの首が長~く進化してきたのはなぜか、という点が取り上げられるけれど、それはRNAにウイルスが侵入したからではなくて*1組成が変わったからなのです。

 時代ごとに、首がより長いスタイルのほうが似合うように変わっていったからこそ、そういう体になったのであります。

 したがって、キリン以外の生物で、そのぶん体が小さくなった生き物や絶滅した生物がいた筈なんですよね。それは地球生態系全体における組成の問題ですから。

 キリンの首を長くした一方で、別の生き物のサイズを縮小したりして、神様は遊んでいるのであります。まるでねんどを千切ったり繋ぎ合わせたりするかのようにね。

 あちらを立ててみたと思ったら、今度はこちらを立ててみたり、といった感じで、一つの枠組みの中でバリエーションを楽しんでいるのであります。

 人間一人一人の才能も、そうやって決まってくるんです。容貌もそう。プロポーションもそう。

 たとえば、歌手の安室奈美恵さんは、身長158cmで8等身スタイルだといわれています。そこまでのスタイルを作り出すためには、顔をどうしても小顔にしなければなりません。およそ20cmほどに小さく圧縮しないと、8等身にはなりませんからね。

 あたかも神様が、彼女の頭を手でギュッ、と押し固めたかのように小さく纏めたからこそ、あの8等身スタイルは出来上がったのです。

 もし私やあなたが神様の立場だったなら、やはり同じように組成を決めていたんじゃないでしょうか。

 それがいちばんバランスがいいし、似合ってもいるからです。

 キリンの首が長くなったのも、そう。個人の才能もそう。

 すべて、そうなっているのが似合うからこそ、そうなったのであります。

 みんな、全体とのバランスを考慮して、そういうふうになっているんですよ。

 他者との兼ね合いなんです。

 それが、自然の法則なんですよ。

 「弾力的」なの。

 手でギュッ、なのよ!

 芸術家の仕事もそうなんですよ。神様の真似事をして、自分の手でギュッ、てやっているわけ。

 それがいちばん楽しいし、似合っているから、もう夢中になってやっているんですよね。

 遊んでいるんですよ。

 病みつきなんですよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1:ウイルス進化論という学説では、DNAの複写版であるRNAにウイルスが入り込むことで突然変異が起こり、それが進化の原因となる、と考えられています。

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