橋本順一の哲学

芸術、科学、哲学、政治、経済、健康、恋愛、娯楽など、様々な分野において、思いついたことを綴る「ひらめきエッセイ」です。

高い視点

 問題を解決したり、反対論者を説き伏せたりするためには、高い視点を見つけることが大切となります。

 「人類皆、兄弟」的な、普遍的なポイントを突くしか、誰をも納得させる落としどころは見出せないからです。

 世の中には、いろいろな人がいます。

 みんなそれぞれ、独自の意見や主張を持っています。

 それゆえ、誰かが或る見解を発表すると、必ずそれに反発する人が現れるのです。どうしても意見の対立は生じてしまうのですね。

 では、どうすればよいのでしょうか?

 開き直りますか。屈服しますか。それとも、あくまで戦い続けますか。

 答えは、どれもNOです。なぜなら、工夫していないからです。つまり、エネルギーを出し惜しみしているからなのです。

 問題解決の鍵は、エネルギーを出すことにあります。

 では、どうすればエネルギーを出せるのでしょうか?

 その答えが、高い視点で問題を考える、ということなのです。

 面白いことに、高く、より高く、さらにもっと高く・・・・・・というふうに、視点の高さをどんどん上げていくと、最終的に行き着く先は、「エネルギーをたくさん出すことの大切さ」という一点であることが判ってきます。

 どういうことかといいますとね。

 たとえば、「女は結婚して子供を産むべきか否か」との問題提起をしたとしましょうか。

 昔ならともかく、現代においてこのような議論をしたところで、大抵は不毛に終わるでしょう。必ず、肯定派と否定派とに分かれ、どこまでも主張を戦わせ、話が平行線を辿るだけですよね。

 そこで、高い視点に立つ、ということが大事になってくるのです。

 そうした目線でこの問題を眺めてみると、子供を産む女性もそうでない女性も、エネルギーをたくさん使っているという点では同じであることが、だんだんみえてきます。

 つまり、こういうことです。子供を産む女性は、出産時にたくさんのエネルギーを使います。子育て期間中も同様です。子供が手を離れる頃になってようやくラクができるようになる程度です。

 一方、子供を産まない女性は、出産時の苦しみを免れることができるけれど、他の領分においては何かとエネルギー支出を求められます。それは、子供を産む女性よりも厳しい要求レベルのものを課せられることも多いでしょう。

 したがって、理論上、女性は、子供を産まなくても膨大な量のエネルギーを消費しなければならないようになっているのです。

 エネルギーをたくさん使うという点では、皆、同じなのですね。

 ゆえに、結論は、どちらでも構わない、ということになります。

 自分の本心に従って、やりたい方を選べばいいのです。

 他人がとやかく言ったり、自分の意見を押し付けたりするようなことではないのです。

 「どっちが正しいか」については答えられないけれど、「どっちが楽しいか」については、明確に答えることができます。

 

 「どっちも楽しい」のです。

 

 弁証法*1的な高い視点に立ったからこそ、そこへ辿り着けたのだといえましょう。

 どのような生き方であれ、本気になって取り組めば(エネルギーをたくさん出せば)、人生は楽しいものなのであります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1:自分の主張と相手の主張とを、どちらも損ねることなく、より高い地点で合一させる思考法のことです。

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