橋本順一の哲学

芸術、科学、哲学、政治、経済、健康、恋愛、娯楽など、様々な分野において、思いついたことを綴る「ひらめきエッセイ」です。

自分は自分、人は人

 自分は自分、人は人です。

 自分の喜びは自分が喜べばいいし、自分の悲しみは自分が悲しめばいい。また、人の喜びは人が喜べばいいし、人の悲しみは人が悲しめばいい。

 意外かもしれないけれど、じつは、分かち合う必要はあまりないんですよね。

 そうであるなら、(キリスト教徒の方々には申し訳ないのだけれど)イエス・キリストが死のうが死ぬまいが、私たちには関係ない、ということになりましょう。

 人類の罪を彼が一身に背負って十字架にかけられて死んだ、といわれているけれど、キリストの死はあくまでもキリストの問題なのであって、私たちの問題ではないんですよ。

 私たちの罪は私たちが償うし、私たちの問題は私たちが取り組むし、私たちの死は私たちが請け負うのであります。キリストの死とは何の関係も無いのです。

 もちろん、ある、と思いたい人は思えばいいのだけれど(信教の自由がありますのでね)、死という問題はその人固有の問題だと、私は思います。

 誰も自分の代わりに死んでくれる人なんていません。イエス・キリストもそうなんです。誰かの代わりに死んだんじゃなく、彼固有の出来事として、彼は死んだのです。

 いちばんいけないのは、他人に引き摺られて「自分」を見失うことなんですよ。

 

 自分は自分です。

 

 他の誰も自分の人生を代行して生きることはできません。

 自分だけが、自分の人生を生きられるのです。

 他人はどうであろうと関係ないんですよ。

 引き摺られるから不幸になっちゃうんですよ。

 

 自分を貫けばいいんです。

 

 そうすれば幸せになれるのですから。

 

 

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