橋本順一の哲学

芸術、科学、哲学、政治、経済、健康、恋愛、娯楽など、様々な分野において、思いついたことを綴る「ひらめきエッセイ」です。

政治の時代は終わった

 大阪維新の会維新の党を立ち上げ、政治を大幅に改革しようとした橋下徹さんは、いま、正念場を迎えています。大阪の地方選挙で、3市において維新の党の候補が落選してしまいました。そして、一時はカリスマ的な勢いのあった橋下さん自身のブランド力も、やや衰えてきているように見受けられます。

 大阪都構想の是否を問う住民投票が5月に行われるけれど、それも含めて、彼の試みは、果たして成功するのでしょうか?

 この点、私は、一生懸命頑張っている人は好きですし、人間の可能性というか、ガッツを見たい、といつも思っているので、橋下徹さんのような改革者タイプの人については、基本的には応援したいという気持ちがあります。

 しかし、おそらく、彼の目論見はうまくいかないでしょう。

 なぜなら、いまはもう、政治がパワーを発揮する時代ではないからです。

 政治の本質は、民主政の場合、それは多数決の原理です。そして、多数派による意思決定が威力を持つのは、国民が若く賢くエネルギッシュのときだけです。

 ところが、いまや、日本は、少子高齢化に伴い非力な国となってしまいました。

 社会的、経済的にみて、30年ほど昔に比べ、パワーダウンしてきているのは間違いありません。

 もともと、民主主義の基本は、「治者と被治者の自同性」*1という点にあります。政治家と国民は同一人物だよ、と言っているわけです。だから、政治家と国民はパワーの水準が同レベルになるようになっているのですね。

 したがって、一方が他方のレベルに合わせようとする力学が働いちゃうんですよ、どうしてもね。つまり、国民みんなが歳喰ってパワーダウンしている時代においては、政治家もそれに伴い弱小パワーしか出せなくなってしまうんですよ。

 維新の党・橋下徹さんもまた、然り。

 原理的に、いいですか、原理的に、原理的に、政治による問題解決ができない時代になった、というわけなのです!

 ゆえに、切ないことではあるけれど、橋下さんのチャレンジは失敗すると見做さざるを得ないのです。

 また、成功モデルというのは、常にオリジナル且つパイオニアでなければなりません。

 「維新」とか「八策」といったことは、もう明治時代に坂本龍馬や元勲たちといった先人方がやっちゃっているんですよね。それを現代の政治家が真似しようとしても、時代モデルが違うのだから、成功モデルも違うのであり、うまくいかないのです。

 成功するには、まだ誰もやったことのない取り組みが必要なのです。

 それは決して大阪都構想などではありません。所詮、それも政治手法にすぎません。

 

 政治じゃダメなんですよ。

 

 維新の党のみならず、自民党民主党公明党も社民も共産も、どこがやっても結果は同じなんです。

 さっきも述べたけれど、政治ってのは、治者と被治者が両方いて、持ちつ持たれつの同一関係を築く営みなわけ。

 政治家だけがいくら頑張っても国民が貧弱であるなら効果は無いし、また、貧弱な国民の中からパワフルな政治家が出てくることも無いの。両者のパワーレベルは、似たり寄ったりなの。

 どっちもどっちなんですよ。

 だから、政治じゃうまくいかないんですね。それはもう、原理的にそうなるに決まっているんですよ。「治者と被治者の自同性」という縛りがある限り、必ず、そうなる運命にあるんです。

 じゃあ、どうすれば、日本はこれからパワーUPしていけるのでしょうか?

 ひとつには、科学技術の進歩があげられます。新しい発見や新しい技術がブレイクスルーとなって、国や社会の在り方が、大きく変わる可能性があります。

 この場合は、多数決もへったくれもありません。高齢化して頭の中が現状維持で凝り固まったガチガチの保守派だって、受け入れざるを得ませんからね。

 

 政治の時代は終わりました。

 経済もまた、同様です。

 でも、まだまだこれからが、我々の腕の見せ所です。

 新しい時代の幕開けは、科学によってこそ、もたらされるでありましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1:政治家(治める側の人)というのは、国民(治められる側の人)の中から選挙を通じて任命された立場にあるので、「治者」であると同時に「被治者」でもあることになります。それゆえ、民主政治は、自分で自分の首を絞めるような愚かなことはしないであろう、との安心感・期待感を持てる統治システムたりうる、と考えられています。そうした抑制効果を利用した統治構造のことを、「治者と被治者の自同性」といいます。