橋本順一の哲学

芸術、科学、哲学、政治、経済、健康、恋愛、娯楽など、様々な分野において、思いついたことを綴る「ひらめきエッセイ」です。

ソーシャル・バランス

 格差社会のどこが問題なのかといいますとね、それは、信賞必罰の原則に反する点であります。

 要するに、依怙贔屓がまかり通ることがまずいのです。

 ダメな人を甘やかし、優れた人を叩く。

 そうした行いは、不自然だし、素直じゃないし、バランスが悪い振る舞いです。

 そうではなく、もし、信賞必罰のルールがきちんと守られ、バランスのいい社会状況が出来上がっているのであれば、人と人との間の能力差、収入差は、容認されて然るべきでありましょう。

 頑張って、会社や世の中に貢献した人は、その貢献度に応じて評価や報酬があたえられる。その一方で、頑張らなかった人は、評価されなくてもやむを得ない。

 それは当然の帰結です。極めて自然なことなのです。まさに自然の法則であります。それを人間の小賢しい浅知恵で歪めようとするから、話がややこしくなっちゃうんですよ。

 

 バランスって、すごく大事です。本当に。

 

 バランスの取り方は、国によっていろいろあると思います。主として3つ想定できます。

 ➀ 高負担・高福祉

 ➁ 中負担・中福祉

 ③ 低負担・低福祉

 以上の3つですね。

 一体、どの形態が最も望ましいやり方でしょうか?

 じつは、バランスさえ取れていれば、どれも全く問題ありません。その国の事情に合わせて、取りやすいかたちを取ればいいだけです。

 ただ、日本の場合は、「低負担・低福祉」であるかのような顔をしながら、じつは「高負担・低福祉」を目論んでいる、いや、既にそうなっている点が、問題なのですね。

 消費税率の引き上げは、さらに格差を拡大させる金持ち優遇策です。依怙贔屓というわけですね。

 喩えるなら、若者2人を格闘技のリングに上がらせて、不平等な条件下で戦わせるみたいなものでしょう。身長、体重、年齢は、どちらも同じだったとしましょうか。

それで、一方は毎日10kmをジョギングし、腕立て伏せを100回こなし、暇さえあればサンドバッグを叩いているのに対し、他方は毎日何もしなかったとします。

 そして、或る時、平等な条件のもとで、両者は試合をしました。その結果、トレーニングしている方がしていない方を倒しました。

 「そんなのはけしからん!」とお思いでしょうか?

 でも、それは当然受け入れられるべき結果なのです。同じ条件下であるなら、努力した者を評価し、怠けていた者を扱き下ろすのは、まさに信賞必罰なのであって、とても健全なことなのです。「格差社会じゃないか!」との批判は、的外れだといえます。

 ただし、日本政府がやろうとしているのは、有利な側(トレーニングを積んだ者)に更に飛び道具を持たせて、素手の、しかもトレーニングをしていない者と戦わせることであり、それが依怙贔屓に該たる点で、望ましくないのです。 

 バランスを失しているのです。

 日本のこれから進むべき道は、正真正銘、「低負担・低福祉」の社会を整備することです。

 自己責任の社会を作り上げるべきである、というわけです。

 なぜなら、それが最もエネルギーの出し甲斐がある社会だからです。

 

 エネルギーは出せば出すほどよい。

 

 ラクをしていても、意外に、幸せになれません。ラクをしたいという気持ちが強すぎると、ズル賢い連中に付け狙われ、いいように利用されてしまうだけです。

 日本国民も薄々気付き始めています。もういままでのやり方は通用しないんだ、と。

 自民党政権は、それで一度倒れました。民主党政権もそれに続いてしまいました。

 そしてまた、自民党にチャンスが回ってきました。真の「低負担・低福祉」のシステムを築き上げるためのね。

 でも、同じ過ちを繰り返しそうな気配もするんだけれど・・・。

 さて、現政権の手腕や、いかに。