橋本順一の哲学

芸術、科学、哲学、政治、経済、健康、恋愛、娯楽など、様々な分野において、思いついたことを綴る「ひらめきエッセイ」です。

サクサク路線とカリカリ路線

 万物は流転します。

 宇宙も銀河も星も自然環境も、社会も人間も他人も自分も、すべてが移り変わります。

 そうであるなら、結局、人の幸せというのは、「どう変わっていくのか」の問題であるような気がします。

 自分の想い描いたシナリオの通りに無理矢理変わっていくのが幸せなのか、それとも、予想外のシナリオ展開にも身を任せ、素直に変わっていくのが幸せなのか、という部分について、一生かけて学んでゆくのが、人生なんだと思います。

 この点、人というのは、どうやらシナリオの描き方を間違える生き物であるらしいです。

 間違った目標や夢を持ってしまう。

 だから、叶わない。だから、苦しむ。

 要するに、強迫的にカリカリ頑張りすぎることが苦しみである、という気がするのですね。

 ならば、カリカリするのをやめて、その時その時、目の前に起こる出来事に対して、サクサクと対処してゆくなら、人は幸せになれる、ということになりましょう。

 整理しますよ、これはね、「変わり方」の問題なのです。

 人である限り(この世の成員である限り)、誰もが必ず変わり続けるのだけれど、じゃあ、どう変われば幸せになれるのか、の話なわけですね。

 カリカリ変わればいいのか、サクサク変わればいいのか、はたまた、変わらずに取り残されたほうがいいのか。

 まあ、取り残されるのは論外ですけれどね。

 ベストなのは、サクサクいくやり方だと思います。

 たとえば、外出予定日に、自分のシナリオ内では晴れた昼下がりの並木道を颯爽と歩いてのお出掛け、みたいな計画だったのに、当日は大雨が降り、外出もままならぬ状況だったとしましょうか。

 この場合、カリカリいくやり方だと、雨の中を荷物抱えて、風に煽られながら傘を差し、多大な労力をかけてまで何がなんでもお出掛け、ということになります。これが、「カリカリ路線」です。でも、苦しいですよね。

 一方、「サクサク路線」を選ぶと、事情が変わってきます。

 雨の中を無理して外出するのはやめて、家で読書でもしようか、みたいな感じで、柔軟に対応することになるのです。

 当初のシナリオを貫かない。それでいて、前向きでもある。

 成り行き任せというのとは違う。カリカリやらないだけ。

 まあ、当たり前に聞こえるかもしれないけれど、早い話、「時々修正を図りつつ、全力で前へ進む」ということなんですよね。

 第1志望の学校や会社に落ちてしまったなら、あまりそのことにこだわらずに、第2、第3志望のところに全力で当たる。

 サクサクやるとは、そういうことなのです。

 すると、思いがけない展開に出くわし、ワクワクした気持ちになれる。

 それこそが幸せなのだと、お考えください。

 「修正する勇気」が、幸せをもたらすのです。

 まあ、「修正」も「変化」のうちですからね、考えてみればね。

 サクサクいくやり方は、修正の多い路線であるため、たくさんの変化を導けます。

 だから、楽しく生きることができ、幸せになれるのです。

 一方、カリカリいく路線は、自分で決めたこと以外はやろうとしないので、行動量が少なくなり、変化の無い、マンネリの日々が続きます。ゆえに、楽しくないし、不幸になってしまうのです。

 子供の頃、なぜあんなに楽しかったかというと、それは、変化に富んでいたからです。

 小1、小2・・・小6、中1、中2、中3、高1、高2、高3・・・というふうに、めまぐるしく学年、学校が変わるし、1学期、2学期、3学期、夏休み、冬休み、春休み、修学旅行、運動会、席替え、クラス替え、国、数、英、社、理・・・というふうに、いつも変化に満ち溢れていたからであります。

 ところが、大人になると、そこまでは急劇に変わりません。

 同じ場所を往復し、同じメンバーと接し、同じことをするだけ。

 どうしてもマンネリに陥ります。変化が無いのですね。

 これでは取り残されているのも同然です。ゆえに、不幸にならざるをえないのです。

 それを打破するには、修正を多くし、いつも刷新を図ることが大切になってきます。

 サクサクやってください。

 そうすればワクワクできますからね。