橋本順一の哲学

芸術、科学、哲学、政治、経済、健康、恋愛、娯楽など、様々な分野において、思いついたことを綴る「ひらめきエッセイ」です。

高嶺の花

 物事というのは、入り口が広ければ出口が狭いし、入り口が狭ければ出口が広くなっているものです。

 つまり、始まりがラクなケースでは後で苦労するし、始まりが大変であるケースにおいては後でオイシイ想いができるもんなのですね。

 「禍福はあざなえる縄の如し」であるし、「収支はとんとん」である、というわけです。

  (さらに詳しく内容を掘り下げたい方は、以下の記事をご覧ください)

 

hirameking.hatenablog.com

 

 恋愛についても、それと同じ理屈が当て嵌まります。

 男性にとって、いとも簡単に口説ける女性、あっさり落とせる女性というのは、最初はいいかもしれないけれど、後で相手が豹変したり、調子がずれてきたりして、大変な事態になったりすることも、侭あります。

 一方、いわゆる「高嶺の花」は、口説くのは大変だけれど、一旦落とすことができたなら、後はもう最高のハッピーを味わえるのであります。

 

 結局、すべては、「いつ苦労するか」の問題なんですよね。

 初めに苦労するのか、それとも、後で苦労するのか、という問題にすぎません。

 苦労の時期についての話です。

 どのみち苦労はしなきゃならないんですよ。

 それが、人によって、早い・遅い、の違いがあるだけでね。

 童話・『アリとキリギリス』では、アリの生き方こそが幸せであるかのように描かれているけれど、苦労とハッピーとを足し合わせた総計は、アリもキリギリスも同じです。

 違うのは、キリギリスは初めにラクをして後で苦しみ、アリは初めに苦労して後でラクになるというふうな、タイミングについてだけ。

 両者ともに、いつかどこかのタイミングで苦労する、という点では、まったく同じなわけです。

 ジタバタしても仕方ありません。絶対に逃げられませんからね。

 

 でも、人生、一度きりじゃないですか。

 

 どうせ苦労しなきゃならないなら、始まりの段階でありったけの苦労を済ませちゃって、後は悠悠自適、みたいな、❝先行逃げ切り型❞こそが、男冥利に尽きる生き方であるような気が、私はします。

 アリとキリギリスでいうなら、「アリタイプ」ということになりますね。

 つまり、たまにしか現れない「高嶺の花」を、自分から追いかけて行き、口説き、そして落とす、みたいな、そっちタイプの生き方に憧れるのです。

 もちろん、好みは人それぞれですから、「キリギリスタイプ」を目指したい人は、そうするのがよろしいでしょう。

 毎回のように近寄ってきてくれる女性も、それはそれで、いじらしいというか、魅力的ではありますから。

 

 まあ、結局、両方最高!という点に集約できるわけであります。

 

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 併せて、以下の記事も参照していただければ、より知識を広げうるでありましょう。

 

hirameking.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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