橋本順一の哲学

芸術、科学、哲学、政治、経済、健康、恋愛、娯楽など、様々な分野において、思いついたことを綴る「ひらめきエッセイ」です。

いじり甲斐

 よく、予備校の講師や塾の先生といった方々が、「歴史は暗記科目である」と言うのを、見聞きします。

 しかし、それは少し勿体無い考え方であるような気がします。

 なぜなら、歴史を、「点」としてでしか見ていないといわざるをえないからです。

 歴史上には、無数の史実があります。それらが、至る所に点在しています。

 そうした個々の史実を、「点」として捉えてしまうと、歴史という科目は「暗記物」になってしまいます。

 ところが、それらをみんなひっくるめて、「線」であると捉えるならば、話は違ってきます。

 過去の歴史上に散りばめられた「点」と「点」を結んで、流れのある「線」を自分なりに作ってみる。

 すると、歴史というものは、じつに❝いじり甲斐❞があるものだということに気付くでありましょう。

 「点」と「点」の間にどのような繋がりをもたせるか、ということについては、各人の自由だからです。

 

 それは創造力を要します。

 

 暗記科目などである筈がないんです。

 歴史という科目は、本来、面白いものなのですよ。

 

 さて、そう考えてきますとね、芸術についても同様のことがいえるでありましょう。

 美術にも歴史があります。

 西洋美術史や東洋美術史などが、そうです。

 そういった過去の美術の歴史上にも、様々な作品群が、至る所に点在しています。

 美術史の年表をみたことはありませんか?

 そこには、時系列に従って、左から右へ向かい、各時代ごとのアート・シーンが並べられていますよね。

 古代エジプト美術から始まって、ギリシャ、ローマ、ロマネスク、ゴシック、ルネサンスマニエリスム新古典主義バロックロココアール・デコダダイズム・・・・・・というふうに、いろいろな美術様式がまとめられていて、そこに個々の作品群が分布しています。それらは、「点」なわけです。

 芸術家一人ひとりには、それらの個々の「点」を相互に繋ぎあわせ、自分なりの「線」を作り出す自由があります。

 さらに、出来上がったその「線」の先に、自分独自のアート・フォームを付け加えて、❝新しい美術の文脈を作り上げる自由❞までもが、与えられているのです。

 ダブルで自由を楽しめるのが、美術家の仕事なのですね。

 ❝いじり甲斐❞満載の仕事なわけです。

 きわめて創造的だし、「暗記物」などである筈がありません。

 

 そうした論理からすると、科学の学習についても、同様の面白さがあるといえましょう。

 出口汪さん*1は、「発明・発見をする人は、新しいものを見るのではなく、従来のものを違った切り口から見る人である」というような趣旨のことを述べておられるけれど、まさに、歴史も芸術も科学も、いかに自分独自の視点を見つけて楽しめるかということが、成功するためのポイントになっているのです。

 要するに、自分なりのものの見方や、自分独自の論理展開が、発明・発見にとって最も大切である、ということなのであります。

 他人の考え方を参考にするのはいいけれど、引き摺られるのはよくありません。

 そこに❝いじり甲斐❞はありません。

 

 「自分流」を貫くことが、人生を楽しむためには、大事なのです。

 

 

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*1:東進ハイスクールのカリスマ受験指導講師。実業家でもあります。

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