橋本順一の哲学

芸術、科学、哲学、政治、経済、健康、恋愛、娯楽など、様々な分野において、思いついたことを綴る「ひらめきエッセイ」です。

犬から生まれた猫

 物理学は、「感覚的なもの」を「非感覚的なもの」に置き換えて記述する学問であるといえます。

 たとえば、電子という物質を、波動関数という架空の波として捉え、エネルギー計算をする場合がそうです。

 「粒子」としてではなく、「波動」として電子を扱おうとするわけですね。

 実社会で馴染みのあるものとしてイメージすることを諦め、数学的なイメージ処理によってなんとかごまかそうとしている、ともいえます。

 それはじつに、非感覚的なものの見方なのです。

 いわば、「パブロフの犬」みたいな立場に甘んじている感じでしょう。

 犬に餌を与える際にベルを鳴らすことを毎日のように繰り返していると、犬はやがて、単にベルの音を聴いただけでヨダレを垂らすようになります。そうした事実は、実験者の名前に因んで、「パブロフの犬」と呼ばれています。

 こうした、条件反射にも似た、短絡的な対応関係が、量子力学の理論においても見て取れるのですね。

 電子についていうなら、「速度」と「波長」の対応関係、或いは「エネルギー」と「振動数」の対応関係が、それに当たります。それらは、数式上の操作でスッキリと変換することができるので、便利っていえば便利です。

 しかし、そうした置き換えは、或る意味、逃げであり、まるで犬がヨダレを垂らすみたいな、安易な振る舞いだと、私は思います。

 ありのままの自然現象という、感覚的に捉えるべき対象を、それに相当する非感覚的な数式を使って記述しているのだから、条件反射でごまかしているともいえましょう。

 自然というものを真正面から把握しているわけじゃありませんから。

 とりあえず形式的・抽象的にでも記述できるならそれでよしとしておこう、みたいな態度が、見え見えなのです。

 そうした非感覚的な波動関数を用いて記述された世界像は、「状態の重なり合い」という奇妙な概念を生みます。

 ここから、あの有名な「シュレーディンガーの猫」のパラドックス*1が出てくることになります。

 そう考えると、「シュレーディンガーの猫」は、「パブロフの犬」から生まれた、ともいえましょう。

 

 犬が猫を生んだのです。

 

 なんともおかしな話じゃありませんか!

 

 

 

 

 

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*1:物理学者のシュレーディンガーは、ミクロ世界における粒子の動き(波動の重なり合い及びその収束)を「観測者効果」という説明原理でしか記述できない量子力学を皮肉るために、次のような仮想実験を試みました。箱を用意します。その中に猫をいれます。また、放射性物質とその検出装置、そして青酸カリの入った瓶もいれます。ここでは、放射性物質がランダムに放射能を吐き出して、その際には検出装置が反応して瓶のふたを開けるような、そういう仕組みになっています。もし、放射能が出てくれば、青酸カリが箱の中に充満するので、猫は死んでしまいます。一方、もし放射能が出ないままであるなら、猫は生き続けます。この点、量子力学では、放射能がいつ出てくるかは、ミクロ世界のことなので確率というかたちでしか表わせないんだ、つまり、「猫が生きている状態」と「猫が死んでいる状態」とが重なり合っていると捉えるしか記述のしようが無いんだ、事実は観測者が箱を開けてはじめてどちらかに定まるんだ、としています。でも、シュレーディンガーは、そんな馬鹿な話があるかよ!と不満に思い、暗に量子力学コペンハーゲン学派)を否定するような仮想実験を持ち出してきたのでした。

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