橋本順一の哲学

芸術、科学、哲学、政治、経済、健康、恋愛、娯楽など、様々な分野において、思いついたことを綴る「ひらめきエッセイ」です。

義理と人情

 よく、「義理・人情」といいますよね。

 そういうふうに、並び称される感じで用いられているフレーズっぽいですよね。

 そこで、気になってくるのが、両者の厳密な部分での違いについてでありましょう。

 それで、私なりに、それぞれ考えてみました。

 

 「義理」というのは、たとえ自分が何らかの損失を被ることになろうとも、相手との絆を重視し、取り交わしていた約束を愚直に守り通そうとするスタンスのことだといえましょう。

 つまり、「ハイリスク・ノーリターン」的な価値観のことを、そう呼ぶのだといってよいでしょうね。

 一方、「人情」というのは、自分がラクしていい想いをしたいという、ちょっぴり身勝手で図々しいスタンスのことを指しているように思われます。

 つまり、「ノーリスク・ハイリターン」的な価値観のことを、そう言い表わしているのだといえましょう。

 したがいましてね、これらはどちらも、じつに人間らしい概念だということになります。

 自然界にある、動物や植物などの人間以外の存在なら必ず遵守しているクールかつドライな行動指針からは、外れているからです。

 自然界の掟は、常に2通りのものがあり、一つは、「ローリスク・ローリターン」で、もう一つは、「ハイリスク・ハイリターン」となっています。

 それ以外の因果関係は、自然界においては否定されているのです。

 にもかかわらず、その否定されている筈の「義理・人情」にときに縛られるのが、人間という存在の特殊性なのであります。

 ところが、そのほうが人間らしいとの理由で「義理・人情」ばかりを押し通そうとしても、成功できないし、むしろ不幸になるのが、また人間界の世の常でもありましょう。

 人間とは、かくも面倒くさい存在なのだけれど、この面倒くさくドロドロとしたしがらみを払拭し、非情に徹するならば、大成功できる存在でもあります。とくに男性はね。

 

 動物や植物たちと同じように、自然界を律する当たり前の因果法則に素直に乗っかりさえすれば、人は幸せになれるのです。

 

 まあ、その開き直りができるかどうかだけなんですよね、私たちの目の前に立ちふさがる障害らしい障害といえばね。

 

 

 あとは、どうってことありません!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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