橋本順一の哲学

芸術、科学、哲学、政治、経済、健康、恋愛、娯楽など、様々な分野において、思いついたことを綴る「ひらめきエッセイ」です。

言葉と物質の対応関係

 「この言葉(音声)は自然界におけるこの有機化合物と対応関係にある」とか、「この言葉(音声)はあの有機化合物と対応している」といったように、「言葉」というのは、「特徴(個性)を持った音声情報の集合体」であることが判ります。

 

 いわば、音声が有機的に組み合わさって出来ている❝音の化合物❞なのです。

 

 だからこそ、「言葉」にはエネルギー(命)が宿っていると見做しうるのですね。

 それを一般に、「言霊」と呼んでいるのです。

 

 有機化合物だからこそ、そこに「言霊」が宿ることが可能なのです。

 

 逆にいうと、「ウー」とか「アー」といった意味不明の単なる音声の寄せ集めにすぎないものは、有機性(言霊)を欠くので、「言葉」の成立要件を満たさず、「言葉」たりえない、ということになるのであります。

 なぜなら、音声同士が互いの相性を無視しているからです。

 やはり、集まっているさまが似合っていないとダメなんですよね。

 

 似合ってさえいれば(調和してさえいれば)、その集まりは、立派な「言葉」たりうるのであります。

 

 

 もう少し具体的にみていきましょう。

 たとえば、「あ」という音声は自然界におけるこの有機物と対応している、「い」という音声はこの有機物と対応している、「う」の音声はこれで、「え」はこれ、「お」は、「か」は・・・というように、音声と物質の間には厳密な対応関係が見て取れます。

 どういうことかといいますとね。各音声には、それぞれ「個性」があります。

 それらは皆、空気の揺さぶり方が異なっていて、だからこそ人間は音の違いを識別できるのだけれど、それはまさに、音声に個性があることの証拠だといえるんですよね。

 そして、それら音声のうち、相性の良いもの同士が結晶して出来上がったものが、「言葉」なのです。

 したがって、「言葉」は、有機的な性質(個性)を備えた構造物であるといえるのです。

 つまり、一種の「有機化合物」なんですよね。

 だからこそ、自然界(物質世界)における各有機化合物とそれぞれ対応関係にある、といえるのであります。

 これを、私の造語で、「言葉と物質の対応関係」といいます。

 「宇宙」は、有機的構造を持った有限の完結体であるし、「言葉」の世界も、結局は五十音から生まれた相性の良い組み合わせしか「言葉」たりえないわけだから、やはり有限の完結体だといえましょう。

 どちらも、無限の枠組みを持っていません。

 有限なんです。

 「言葉」の世界においては、その構成員は、五十音の各音声であり、それらの様々な個性あるもの同士が結集して出来上がった構造体が「言葉」なのだから、「言葉」も一種の「パーツ」だといえましょう。

 物質も「パーツ」です。

 メンデレーエフの元素周期律表をみたことはありませんか?

 高校の時の化学の授業で習いましたよね。あの、語呂合わせで覚えるやつ。

 水兵、リーベ、僕の船・・・っていう、あれです。

 そこには、自然界に存在するあらゆる元素が並べられていますよね。水素、ヘリウムから始まって、だんだんと重い元素になってゆく感じでね。

 

 この世に存在する物質は、結局そこに載せられている元素同士の集まりなんです。

 

 「パーツ」なんですよ、物質だってね。

 

 だからこそ、お互い「パーツ」同士として、物質と言葉は対応関係に立っているといえるのであります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 併せて、こちらの記事も、ご参照ください。

 

hirameking.hatenablog.com