橋本順一の哲学

芸術、科学、哲学、政治、経済、健康、恋愛、娯楽など、様々な分野において、思いついたことを綴る「ひらめきエッセイ」です。

100%の運命論

 たとえば、1匹の犬が道路で車に轢かれて死んだとしましょうか。

 そうなったということは、その犬は「車に轢かれて死ぬこと」がすでに「運命」として決定づけられていた、と考えることができるでありましょう。

 なぜなら、動物というのは(植物でもそうだけれど)、思考も行動も、何から何まで全部、DNAにプログラムされているからです。

 自由は無いのであって、ただ本能の命ずるままに行動しているだけだからです。

 したがって、DNAに命ぜられた通りに動いて、道路で車に轢かれて死んだなら、それがその犬の「運命」であり、寿命だったということになるのであります。

 じゃあ、人間はどうなのでしょうか?

 一見すると、人間には自由があるかのようにも思われます。Aを選ぶかBを選ぶかの裁量があって、選んだ結果によって本人の「運命」が形成されているかのようにもみえます。

 しかし、じつはそれも「運命」であると思われます。

 本人がAを選んだとすると、Aを選ぶシナリオが予め設定されていて、そのシナリオ通りのことをやっただけなんじゃないでしょうか。

 その人は初めから、Aを選ぶような「運命」だったということです。

 

 つまり、人間にはじつは自由なんか無く、人生のすべてが「運命」によって決定づけられているのですね。

 

 「運命」に逆らっているつもりでも、逆らうことが既にシナリオの中に書き込まれていて、その通りに逆らっているだけなのであります。

 

  ただし、人間は幸いなことに、未来を見通す力がありません。

 人生のすべては、寿命も含め、全部「運命」によって決められているのだけれど、先のことは何も判らないので、退屈せずに済んでいるのです。

 

 

 だから、楽しみながら頑張って生きていけばいいんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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