橋本順一の哲学

芸術、科学、哲学、政治、経済、健康、恋愛、娯楽など、様々な分野において、思いついたことを綴る「ひらめきエッセイ」です。

差別と二元論

 世の中は、一元論的繁栄の時代になりつつあります。

 かつては、パフォーマンスというものにおいて、人々は「する側」と「見る側」とに、二元論的に分断されていました。

 ところが、近年、インターネットの普及により、両者間の堺がなくなりました。

 「アナログ」から「デジタル」へ、「コンテンツ」から「フォーマット」へと、価値観が転換されてきた現象が、その表れだといえましょう。

 人々は、情報の一方的な「受け手」としての立場から脱け出し、「送り手」として自らパフォーマンスできる地位を獲得したことで、そうした新しい時代を形成してきたのです。

 要するに、二元論的なマス・コンテンツ垂れ流しの時代が終わり、SNS的な、一元論的交流関係が重視される時代になってきたのですね。

 

 IT革命というのは、早い話、❝パフォーマンス革命❞なわけですよ。

 

 昔は、そういう時代じゃなかった。

 ごく普通の人が気軽にパフォーマンスできるような環境じゃなかった。

 

 TVやラジオに出られる人が、一体、どれだけいたでしょうか。

 「先生、本を書いてください」と出版社から依頼される人が、一体、どれだけいたでしょうか。

 原宿の竹下通りを歩いていて大手芸能プロダクションからスカウトされる人が、一体、どれだけいたでしょうか。

 甲子園に出場して脚光を浴び、プロ野球選手になる人が、一体、どれだけいたでしょうか。

 オリンピックに出られる人が、一体、どれだけいたでしょうか。

 

 ほとんどいないわけですよ。

 

 目立ったパフォーマンスというのは、ごく一握りの人だけに与えられた特権だったのです。

 そのためのメディアやインフラが存在していませんでしたからね。

 ところが、いまや、ネット環境が整ったことで、パソコンやスマホさえあれば、どんな素人でも気軽に情報発信(パフォーマンス)できるようになりました。

 

 パフォーマンスは、みんなのものになったのですね。

 みんなで「分かち合う」ものになったのです。

 

 一元論とは、「分かち合いの発想」であり、「一心同体を重んじる考え方」のことを指している、といえるでありましょう。

 

 政治は、「治者と被治者の同一関係」だし、経済は、「売り主と買い主の同一関係」です。

 色男、金と力はなかりけり、という現象は、そうした一元論的対等関係を破り、二元論的上下関係を強いてしまったがために、起きたものなのだといえましょう。

 

 格上と格下というような、序列を生む関係は、現代において、ますます肩身が狭いものとなってきているのです。

 

 それゆえ、差別とか見下しといった振る舞いに対して、人々はかなり敏感に反応するようになってきているんじゃないでしょうか。

 たとえば、女優の広瀬すずさんが、TV番組の『食わず嫌い王決定戦』というコーナーで、番組スタッフの仕事を軽んじているとも受け取れる(ややグレー・ゾーンの)発言をしたことを受けて、批判する人が増えてきました(擁護する人も少なからずいることも、申し添えておきます)。

 これも要するに、二元論的上下関係に対する反発なんだと思われます。

 「上」と「下」とに分断しつつ、相手が「上」の立場を取って自分を「下」の立場へと追いやってくるかのようなスタンスを示したなら、人はそのことに対して憤慨する、ということなんでしょうね。

 

 これがもし、対等であるなら、たぶん大丈夫なんですよ。

 

 すなわち、相手を「下」に置くなら、自分も「下」であることを示す。もしくは、自分を「上」に置きたいなら、相手も「上」に置いてあげる。そうすれば、対等性は維持されるので、相手もそれほど不愉快になりません。

 ところが、そうじゃなく、それぞれを別の立場へと割り振ってしまうと、だんだん雲行きが怪しくなってきます。

 

 「上」と「下」の完全二分論が、まずいわけです。

 

 大衆が望んでいるのは、一元論的対等関係なのであって、それを少しでも崩そうとする姿勢が見受けられる場合は、敏感に反応し、激しく攻撃するのだと思います。

 

 時代の趨勢は、一元論

 

 過去記事にて「コンテンツの時代は終わった」と述べましたけれど、それもまさに、二元論が終焉を迎え、一元論の支配下になってきたことを物語っているのです。

 

 なぜ、コンテンツが通用しないのか、なぜ、優れたコンテンツの無料化の流れがどんどん加速していっているのか、といったら、それは、大衆が「分かち合い」を求めているからなのであります。

 

 もし、マス・コンテンツを人々が求め続けているのであれば、TVや新聞や出版がそのまま主流でよかった筈です。

 

 でも、それを求めなくなったからこそ、ネットの時代になったのでありましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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