橋本順一の哲学

芸術、科学、哲学、政治、経済、健康、恋愛、娯楽など、様々な分野において、思いついたことを綴る「ひらめきエッセイ」です。

自然からの最大の恵み

 二宮尊徳は、少年期に、両親と死別して以来、生活費に困り、無一文の状態にまでなってしまっていました。

 でも、彼は奮起し、そこら辺に落ちている稲穂を拾い集め、自分で開墾した土地に植え、見事に一面の水田へと変えました。

 そうして彼は、貧困から脱出したのでした。

 それが可能だったのは、もちろん、基礎に尊徳師の努力もあるでしょう。

 しかし、豊かさをもたらした秘訣は、それだけではないと思います。

 

 稲穂という天然物、有機物の持つパワーがあったればこその、経済成長なんですね。

 

 (意外かもしれないけれど)人工物じゃダメである、ということなのです。

 

 商取引や商慣習というものも、人間が人工的に作ったシステムでしかなく、そこに(本当の意味での)パワーは備わっていません。

 もちろん、約束事としての拘束力はありますけれど、これは国家が後ろ盾となって約束を守らせることを保障してくれているからにすぎないのであって、もし天変地異や戦争などのハプニングが起きてそうした法的な拘束力が無に帰してしまったなら、取引そのものにパワーは無いことになります。

 パワーが無ければ当てにはなりません。それどころか、いま目の前で起きていることに対して盲目になってしまう恐れがあり、有害であるとすらいえます。

 

 もし尊徳先生が現代における貧困から立ち直ろうとするなら、まず最初の仕事としては、どのような政策・方法を採るでしょうか?

 屑鉄を拾い集めるだろうか。廃品を回収するだろうか。それとも、何らかのアルバイト的な仕事を始めるだろうか。

 一ついえるのは、そうした人工物や人工的なシステムには、天然物・有機物ほどのパワーが無い、ということです。

 つまり、貧困から這い上がるだけの成長力は無いんですよね、そこにはね。

 鉄屑は鉄屑でしかありません。放置しておけばただのゴミです。お金や豊かさには変わってくれません。

 ところが、稲穂だったらどうでしょうか?

 土に撒いておけば、やがて芽を出し、米を実らせてくれます。

 これぞ、有機物ならではの豊かさでありましょう。

 

 成長力のあるものこそ、天からの最大の恵みなのであります。

 

 だから、尊徳先生は現代にあっても、稲作(もしくはそれに類似したシステムを持つもの)から取り組もうとする筈です。

 彼ほどの巨人なら、必ずや、そうするでありましょう。

 

 自然のメカニズムを理解している人は、大体、そうすると思います。