橋本順一の哲学

芸術、科学、哲学、政治、経済、健康、恋愛、娯楽など、様々な分野において、思いついたことを綴る「ひらめきエッセイ」です。

自分と他人との間の役割分担

 仮に、自給自足・物々交換の世界で暮らしている場合を想定してみましょうか。

 そこでは、毎日いろいろなことを経験するうちに、やっていいこととやってはいけないことの区別は、自然に学んでゆくことができます。

 目の前の自然現象を眺めてみれば、オートマティックに、やっていいこととやっちゃいけないことの区別がつくようになります。

 たとえば、昼間に寝て夜に活動するのは控えた方がいい、とか、冷たい雨の中でびしょ濡れにならないほうがいい、とか、今日は温かい日だから薄着でも大丈夫だ、とか、崖の上からは飛び降りないほうがいい、といったようなことの是否は、大自然が教えてくれるのですね。

 ところが、現代の便利な文明社会や貨幣経済システムの中で生きていると、多数当事者関係に巻き込まれざるをえません。

 そうした複雑なしがらみにどっぷりと浸かっているうちに、人工物や形式的な約束事を過大に評価し始め、不確実な他力本願に依存しすぎるようになってゆきます。

 すると、いつしか、自分と他人との間の役割分担が曖昧になり、どこからどこまでが自分の実力・責任で、どこからどこまでが他人のそれなのかが、区別できなくなってしまいます。

 言っていいことと言ってはいけないことの区別がつかなくなってしまいます。

 また、食べていいものと食べてはいけないものの区別も判らなくなってしまいます。

 

 便利な社会におけるあらゆるトラブルは、そのようにして発生するのです。

 

 すべては、過剰な他力本願のせいです。

 べつに、それが全部悪いわけではないのだけれど、そこから自助努力のスタンスへシフトするだけでも、運命は劇的に変わるものと思われます。

 

 たしかに、他人の助けというものは有り難いことですけれど、あまりにも期待しすぎると、自分にとって有害な人工物を押し付けられることになります。

 それはまるで、ババ抜きゲームでババを掴まされているようなものです。

 

 

 やはり、自助努力のスタンスが、いちばん自分を正しい方向へと導いてくれ、守ってくれるのだと、思っておけばよいでしょう。