橋本順一の哲学

芸術、科学、哲学、政治、経済、健康、恋愛、娯楽など、様々な分野において、思いついたことを綴る「ひらめきエッセイ」です。

素直であるということは演じないということ

 西郷隆盛は、「大きく叩かれれば大きく響き、小さく叩かれれば小さく響く」ような人物でした。

 すなわち、天下国家を論ずるような大きいテーマの話を振られると、それに見合うスケールの大きな意見を返し、一方で、取るに足りぬ冗談や下ネタを振られるなら、それに合わせて戯けたり一緒に盛り上がったりするのです。

 そういうスタンスだったため、彼は周囲の人たちから恐れられていたのだそうです。

 

 虐めても虐めても、西郷どんはいつも平然としているのですね。

 

 牢屋にぶち込もうが、島流しにしようが、常に泰然自若としているので、

 

 「あいつは一体、何を考えているんだ?」

 

 みたいな感じで、不気味に思われていたようなのですね。

 

 でも、それこそが、スケールの大きさであり、心の強さ、豊かさなのだと思います。

 なぜなら、彼のスタンスは、抑圧を吹き飛ばせるからです。

 

 悪口や嫌がらせを受けた場合、それに見合ったリアクションをどのようなものにするか、という点について、西郷どんの出した答えは、平然としていることでした。

 

 おそらく、悪口・嫌がらせといったマイナスの振る舞いを、「取るに足りぬ、ちっぽけな言動」、すなわち「小さく叩かれたにすぎないこと」と解釈していたのではないでしょうか。

 

 それゆえ、リアクションの取り方も、「ノン・リアクションっぽいもの」になった、というわけですね。

 それが周りの人々からみて平然としているように映っていたのだと思われます。

 要するに、相手が真剣かどうかを判別してから、リアクションを決めていたのでありましょう。

 

 相手が真剣ならこちらも真剣に対応し、相手がふざけているならこっちもふざける。相手が前向きならこちらも前向きに対応し、後ろ向きであれば、平然と受け流すようなノン・リアクション。そういうスタンスなのです。

 

 揺るぎない信念に基づいてそうしていたのでしょうね。

 

 それなら迷わなくて済みそうですしね。

 

 彼は、演じたくないのに演じる愚は犯さない。

 本当は気に食わないのに、相手に迎合したり御機嫌取りしたりする必要はありません。

 ただ平然としているのです。

 

 「素直である」ということは「演じない」ということなのであり、それこそが、スケールの大きさ・心の強さ、豊かさに繋がってゆくのであります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ****************************************

 

 

 

 

 

 

 

 

 併せて、こちらの記事も、お読みいただければ幸いです。

 

hirameking.hatenablog.com