橋本順一の哲学

芸術、科学、哲学、政治、経済、健康、恋愛、娯楽など、様々な分野において、思いついたことを綴る「ひらめきエッセイ」です。

賢者と愚者

 「愛」は神様が人間に与えるものです。

 

 そこには、幸せと苦しみが両方含まれています。

 

 たとえば、田畑があるとしましょうか。

 日が照ります。

 雨が降ります。

 すると、農作物が育ちます。

 しかし、雑草も生えてしまいます。

 これが、「愛」なのです。

 

 「愛」にはメリットとデメリットの両方が含まれているのですね。

 

 「愛」は生易しいものではないのです。

 

 人間が簡単に使いこなせるようなものではありません。

 「万人を平等に愛しなさい」とか「すべての人に分け隔てなく無償の愛を注ぎなさい」といったような教えは、空理空論にすぎません。

 

 この世は、プラスとマイナスの両方で構成されています。

 そして、社会は、賢者と愚者の両方で構成されています。

 

 したがって、個人が生きていくうえでは、どうしても幸せと苦しみの両方に出会うような仕組みになっている、と考えるべきなのですね。

 

 幸せと苦しみは、「収支とんとん」です。

 放っておいたら、必ず、両方がやって来ます。

 幸せだけが都合良くやって来てくれたりはしないのですよ。

 

 そうであるなら、田畑に生えた雑草を抜き取るみたいに、人生において襲い掛かる苦しみも、取り除く努力をするべきである、ということになりましょう。

 

 結局、人生は、「幸せ+苦しみ」なのか、それとも「幸せ+努力」なのか、という問題なのであります。

 

 何もしないで成り行き任せにしていると、必ず前者のパターンになります。

 したがって、苦しみを失くしたいなら、後者のパターンにもっていかなければなりません。努力の人生というわけですね。

 

 早い話、人間に自由があるとすれば、努力か苦しみかの二者択一だけなのです。

 

 そして、賢者は努力を選び、愚者は苦しみを選ぶのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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