橋本順一の哲学

芸術、科学、哲学、政治、経済、健康、恋愛、娯楽など、様々な分野において、思いついたことを綴る「ひらめきエッセイ」です。

やわらか頭

 エジソンは、1+1も解らないような劣等生でした。

 しかし、それは解らないのではなく、納得できなかったということです。

 彼の思考方法は、たとえば、おにぎりが1個あって、そこにもう一つおにぎりをドッキングさせれば、サイズが倍の大きなおにぎりが1個出来上がる、というものでした。

 したがって、エジソン少年は、1+1=1、という結論を出したのですね。

 当然、教師やクラスメートたちからは馬鹿扱いをされてしまったのでした。

 

 でも、この1+1=1という考え方は、あながち間違いでもないんですよね。

 

 なぜなら、「おにぎり」という言葉・概念は、アナログ的な❝生きた言葉❞だからです。

 

 どういうことかといいますとね。「1+1」でいうところの「1」は「数字」であり、デジタル的な「記号」であります。

 「数字」や「記号」というのは、❝死んだ言葉❞であり、一切変動する余地のない固定化・硬直化されたものであります。

 したがって、万人にとって共通の意味がそこにあるだけなのですね。

 誰がみても、そこから判読される解釈は常に一定なのです。

 

 ということはね。

 数字の「1」というのは、誰がみても常に「1」でしかなく、みる人によって解釈が揺れ動いたりしません。

 「1」という言葉は既に死んでいて、「1」という解釈以外は一切受け付けない。

 だからこそ、その硬直化した数字である「1」に、やはり硬直化した数字である「1」を加えれば、答えはもはや「2」以外にないことになるのです。

「デジタル」とは、そういうことです。

 

 一方、「おにぎり」は「アナログ」であり、生きているのであります。

 「おにぎり」という概念には、まだまだ解釈を加える余地が残されています。

 

 だから、エジソンが考えたように、「おにぎり1個」と「おにぎり1個」を足し合わせても、答えが「おにぎり1個である」となる可能性は、十分にあるといえましょう。

 

 これこそが、アナログ的な❝やわらか頭❞なのであります。

 

 エジソンは、稀にみる❝やわらか頭❞の持ち主であり、凡人では敵わない、まさに天才だったのです。

 

 劣等生どころか、のちに発明王となり人類の生活を一変させる大天才だったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

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