橋本順一の哲学

芸術、科学、哲学、政治、経済、健康、恋愛、娯楽など、様々な分野において、思いついたことを綴る「ひらめきエッセイ」です。

❝受精卵❞

 アナログ的な言葉・概念は、「生きている」と述べました(前回の記事参照)。

 それについて、今回は別の例を用いて説明してみたいと思います。

 たとえば、「卵子1個」は❝生きている❞し、「精子1個」も❝生きている❞わけですよね。

 だから、両者を足し合わせれば、「受精卵1個」すなわち、「1+1=1」という❝生きている❞答えが出ることになります。

 ここでは、「受精卵」は1個だけです。

 ごく一握りの特殊なケースを除けば、通常、「受精卵」は1個だけであり、そうであるがゆえに、「1+1=1」となるのであります。

 「1+1=2」とはならない点に注意してください。

 ちなみに、一卵性双生児のケースでは「1+1=2」となるけれど、むしろこっちのほうが例外であるといってよいでしょう。

 二卵性双生児の場合も例外的なケースです。何らかの事情により、2組の受精卵が同じタイミングで一堂に会したことで生じた事例だけれど、この場合は次のような形で表されます。

 

 「1+1+1+1=2」

 

 いかがですか?

 面白いでしょう。 

 これが、アナログ的な❝やわらか発想❞なのです。

 

 ❝生きた言葉❞同士を足し算するからこそ、こういう答えになるのですね。

 それでいて、論理的に筋が通っていないわけではなく、そこそこ説得力もあるのであります。

 

 ❝死んだ言葉❞同士を足し算するといった、「数字」や「記号」の取り扱いだけが論理なのではありません。 

 

 たしかに、そうしたデジタルな扱い方のほうが、理路整然としており、スッキリしていて間違いが生じない。でも、これらの言葉は既に❝死んでいる❞のであり、硬直化していて一切変化する余地のないものなのです。

 別の例で喩えるなら、「1円玉」のようなものです。

 「1円玉」を100個集めれば、それは「100円」であるけれど、「1円玉」自体は変化しません。

 個々の「1円玉」は「1円玉」でしかないのです。

 100個の「1円玉」が突然、1個の「100円玉」になるわけではありません。

 

 どうあがいても、「1円玉」は硬直したまま一切、動きません。

 つまり、❝死んだ言葉❞なのです。

 

 「デジタル」とは、そういうことなのであります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こちらの記事も、ぜひ、併せてご参照ください。

 

hirameking.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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