橋本順一の哲学

芸術、科学、哲学、政治、経済、健康、恋愛、娯楽など、様々な分野において、思いついたことを綴る「ひらめきエッセイ」です。

生物界の掟

 一夫一妻制とは、どういうものなのでしょうか?

 それは、すべての男性に1人ずつ平等に女性が割り振られるシステムである、ということです。

 少なくとも、それを狙った制度であるのは間違いありません。

 しかし、このことは何を意味するかというと、男が大して努力しなくても女性をゲットできるという幻想を国家が保証している、ということを物語っているのです。

 

 これは、信賞必罰の原則に反するといわざるをえません。

 

 本来、努力しないオス(男)はメス(女)をゲットしてはいけない、というのが、生物界の掟であります。

 ということは、逆にいえば、努力したオス(男)は、その努力量に応じて複数のメス(女)を確保してよい、というシステムになっている、とも見做しうるのです。

 だから、すべての男性に均等に1人ずつ女性があてがわれるわけがないのです。

 

 何人も獲得できる男性がいる一方で、1人もゲットできない男性が大勢いる、というのが自然な姿なのですね。

 

 これを、「異性獲得競争」といいます。

 

 人間社会は、時代が新しくなるにつれて、複雑さを増していきます。

 それゆえ、現代を生きる男性たちは、過去の男性たち以上の、優秀さと努力量を求められるようになってきています。

 なぜそういえるのかというと、もう昔のやり方が通用しなくなってしまったからです。

 過去の成功法則をなぞるだけでは、いまのこの厳しい時代状況を生き抜いていくことができません。

 

 したがって、人類の繁栄のためには、社会の構成員が、過去よりも優秀である必要がどうしてもある、ということになります。

 そうでなければ、「異性獲得競争」に敗れ、血筋を途絶えさせてしまう、すなわち滅亡してしまう羽目になるのです。

 

 はたして、「競争」も経ていないような、ぬるま湯に馴れきった人類で、新しい、進化した時代状況に対応できるでしょうか?

 答えは、「否」です。

 スポーツでもなんでも、そうでしょう。

 レギュラー争い、ポジション争いを勝ち抜くからこそ、強い選手が生まれるわけですよね。

 

 まあ、生物学的な正しい解答は、既に出ているんだけれど(一夫多妻制的カップリングでOK)、問題は、法的、倫理的、経済的なハードルをクリアできるのか、ということだと思います。

 

 私は、一夫多妻制に移行すべきだと言いたいわけではありません。ただ、信賞必罰原則に背いていながら繁栄の道を目指しても、うまくいく道理がない、と強く感じているのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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