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橋本順一の哲学

芸術、科学、哲学、政治、経済、健康、恋愛、娯楽など、様々な分野において、思いついたことを綴る「ひらめきエッセイ」です。

「モテ脳」と「お金脳」

 石焼き芋屋さんで売られている焼き芋は、高価で、サイズが小さい。

 一方、八百屋さんやスーパーで売ってある薩摩芋は、安価で、かつサイズが大きい。しかし、自分で茹でてからじゃないと食べられない。だから、石焼き芋さんの焼き芋がすぐに手に取って食べられることに比べると、精神的にも、経済的にも、遥かに手間暇が掛かっている。

 

 この点に鑑みて、人間は、得もしていなければ損もしていないのだと思われます。

 

 つまり、どの道を選択しても、結局、得られるものの総量は同じだと考えられるのです。

 「収支とんとん」ということですね。

 石焼き芋屋さんの焼き芋を買って食べても、スーパーで薩摩芋を買って茹でて食べても、自分が得た「幸せ+苦しみ」の総量は、同じなのです。

 

 トータルでみれば、どっちが得でどっちが損というものでもないんですね。

 

 人生も同様です。

 金持ちの家に生まれようが貧乏人の家に生まれようが、どちらも同じ。

 A大学に行こうがB大学に行こうがどっちも同じ。

 Aさんと結婚しようがBさんと結婚しようがどっちも同じ。

 健康だろうが病気だろうがどっちも同じ。

 

 ぜ~んぶ同じなんですよ。

 

 そして、ここからが重要な点なのだけれど、たとえば、金運と女運は裏腹の関係に立っており、一方がUPするともう一方がダウンするというように、弾力的に帳尻が合わされる仕組みになっているのであります。

 

 神様はどちらか1個だけをくれるんですね。

 

 たとえば、大金持ちになりたいとしましょうか。そうすると、自分の脳を完全に「お金脳」に特化する必要があります。

 こうなると、お金を儲けるためには、一切の妥協を許さず、お金儲けだけに徹しなければなりません。

 そして、「お金」というのは、大衆の身近な欲求に応えることでしか得られないというのが、大前提となっています。

 つまり、カッコつけていたんじゃ金儲けはできない、ってことなんですよね。

 どんなにカッコ悪いことでも、お金のためには歯を食いしばってやり続けねばなりません。

 すると、そういうことを何年も何十年も続けていくうちに、脳が「モテ脳」の特質を捨て始めるんですよ。

 だから女にモテなくなっていきます。

 

 一方、カッコいいことばかりしていると、たしかに女にモテるようにはなるけれど、「色男、金と力はなかりけり」の格言通り、「お金脳」を形成しずらくなります。

 よって、彼は、お金儲けはあまりできなくなるのです。

 

 したがって、結局、どちらの道を選んでも、「幸せ+苦しみ」の総量は一緒なのであります。

 

 人は、何かを得るためには何かを捨てなければならないのであり、こちらを立てればあちらが立たないのです。

 

 「あれも、これも」は叶わないのですね。

 

 じゃあ、なぜ、「あれも、これも」が叶わないかというと、それは、「類友の法則」に反するからでありましょう。

 

 「類友の法則」というのは、何か特定の分野にセグメントされていないと作用しないんですね。

 金なら金、女なら女、というように、自分の求める方向性を1つに絞らないと、「類友の法則」は機能しないのです。

 だから結果的に、「こちらを立てればあちらが立たず」という現象が起きてくるわけなんですね。

 

 大切なことは、どのみち幸せの度合いは同じなんだから、自分の歩んできた道、或いはこれから歩むべき道を、肯定する、ということなのです。

 

 「ああしとけばよかった」とか、「あっちへ進んでいれば今頃はもっと幸せになっていたのに・・・」とか、言ってはいけないのですよ。

 

 現状が常に「自己ベスト」なんだから、現状だけを素直に喜んでいればいいのです。

 

 そうしていると、不思議と楽しいことばかりが起こるようになっているのです。