橋本順一の哲学

芸術、科学、哲学、政治、経済、健康、恋愛、娯楽など、様々な分野において、思いついたことを綴る「ひらめきエッセイ」です。

「愛する恋愛」と「愛される恋愛」

 男の恋愛と女の恋愛とでは、どちらがより複雑でしょうか?

 それは、明らかに女の方です。

 なぜなら、女の恋愛とは「愛される恋愛」だからです。

 

 「愛される恋愛」は、「愛する恋愛」よりも、遥かに複雑であります。

 

 なぜそういえるのかというと、「愛される恋愛」というのは、想像力が要るからです。

 「果たして自分は、相手から愛されているだろうか?」と、思いを巡らせる力がないと、この「愛される恋愛」を楽しむことはできません。

 だから複雑といえるのですね。

  或いはまた、「愛される恋愛」は、❝相手ありき❞のものです。相手がいてくれてはじめて成立するものであります。

 この点からも、やはり複雑であることが判ります。

 

 これに対し、「愛する恋愛」は、極端な話、相手の気持ちなんかどうでもよく、「自分さえ楽しければそれでいい」みたいな、独り善がりの、❝自己完結型恋愛形態❞だといえましょう。

 こんなのは、相手が自分を好きになってくれるのを待つという苦行を経なければならない「愛される恋愛」に比べたら、遥かに単純です。

 民法上の権利に喩えるなら、「愛する恋愛」は「物権*1」に似ているのに対し、「愛される恋愛」は「債権*2」に似ているといえましょう。

 物権の教科書と債権の教科書を見比べてみると一目瞭然だけれど、債権の教科書のほうが、圧倒的にぶ厚いんですよね。

 分量のうえでも、理解の難易度のうえでも、「債権」のほうが遥かにややこしく、複雑であることが、判ります。

 「愛される恋愛」(=女の恋愛)は、この「債権」に近いものであるといえるのですね。

 

 したがって、女の恋愛のほうがより高度かつ複雑である、ということになるのであります。

 

 司法試験業界では、ずっと昔から、「債権を制する者は民法を制し、民法を制する者は司法試験を制する」と言われてきました。

 上述の事実をこのこととパラレルに考えるなら、まさに、次のような結論が見えてくることになります。

 

 「愛される恋愛を制する者は恋愛そのものを制し、恋愛そのものを制する者は人生を制する」

 

 とまあ、こんなふうなことがいえるんじゃないでしょうか。

 それくらい、「愛される恋愛」というのは高度かつ大変なものなのであり、この大変な営みを、女性はフツーにこなしているのであります。

 

 女性がいかにタフで、忍耐力があり、強さを備えた生き物であるかが、このことからもよく判るでありましょう。

 

 所詮、女は男より強いのです。

 

 男よりも脳梁*3が大きく、それゆえにより豊かな想像力を持ち、より複雑な事象に目配りが利く・・・それが、女という存在なのです。

 

  だから、女は男よりも強いんです。

 

 当たり前でしょう、そんなこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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*1:物に及ぼせるストレートな支配権のことです。

*2:契約の相手方に対して、約束通りのことをやるように促せる請求権のことです。相手がやってくれているうちはいいけれど、やってくれない人もいたりするので、自分の望む通りの法的効果を発生させる力は、物権に比べれば弱いです。

*3:右脳と左脳とを繋ぐ、神経線維の束で出来た器官のこと。