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橋本順一の哲学

芸術、科学、哲学、政治、経済、健康、恋愛、娯楽など、様々な分野において、思いついたことを綴る「ひらめきエッセイ」です。

一物全体主義

 一物全体主義の趣旨からすると、たとえば魚は、頭、骨、はらわた等の「マズい部位」も含め、全体を食べなければならないことになります。

 人間にとっての「食べ物」とは、「オイシイ部分」と「マズい部分」の両方が兼ね備わっている食材をいいます。

 そのどちらも余さず有効活用することを奨めるのが、一物全体主義である、というわけなんですね。

 

 要するに、食事に関しては、マズくても我慢して(感謝の気持ちを込めて)全部を食べるべきである、ということなんですよ、我々人類はね。

 

 じゃあ、なぜ、「マズい部分」も食べることがバランスの良い食事法なのでしょうか?

 以前にも述べたように、苦楽一元論的な、「禍福はあざなえる縄のごとし」原則こそが、この世のメカニズムであるという点が、まず一つ。

 そして、もう一つの理由はといいますとね。

 

 「マズい部分」も一緒に食べることで、乱獲に対するストッパーの機能が働くからである、ということです。

 

 つまり、もし「オイシイ部分」だけを食べていいんだとすると、人は魚にせよ牛や豚にせよ、無制限に乱獲し食べまくるに決まっているのであって、それ故、生態系バランスが破壊されてしまう恐れがあります。だから、そうならないように、食物連鎖のシステムの中に予めストッパー機能が組み込まれているのだと考えられるのですね。

 すなわち、自然界は、不必要に食べまくる者を病気にして早死にさせることで、生態系バランスを守ろうとするわけなんですよ。非情なことにね。

 

 もちろん、いうまでもないことだけれど、「マズい部分」だけを積極的にピック・アップして食べまくるのも、一物全体主義からすればバランスが悪いです。

 

 やはり、全体を食べるのがいちばんバランスが良いということになるのですよ、理論上はね。

 

 若くして死にたくなければ、全体食を心掛けるのがよろしいでありましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 併せて、こちらの記事も、ご覧いただけると幸いです。

 

hirameking.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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