橋本順一の哲学

芸術、科学、哲学、政治、経済、健康、恋愛、娯楽など、様々な分野において、思いついたことを綴る「ひらめきエッセイ」です。

❝橋本順一流・行財政改革❞

 今日、これから申し上げることは、私が頭の中で、ああでもない、こうでもないと、勝手にこねくり回した内容にすぎないので、もしかしたら間違っているかもしれません。おそらく、間違っているでしょう。

 そうした前提を踏まえたうえで、行政というもののカラクリについて、パッ、と思い浮かんだことを述べてまいります。

 ・・・ってなわけで、よろしくお願いいたします。

 

 行政って、よく、道路を作りますよね。

 なんだか知らないけれど、やたら道路工事をしているのを目にします。

 なぜ、道路ばかり作ろうとするのか。

 なぜ、駐車場や、意味不明の道案内所、或いは有料道路を作るのか。

 

 その秘密は、道路予算、道路財源にある、とみました。

 

 じつは、道路工事というのは、かなりのロー・コストで済んじゃう仕事なんですよね。

 見た目のうえでは、大掛かりな重機を動員したり、アスファルトやコンクリートを用いた難しい土木技術を駆使しているようにも見えるんだけれど、じつは、大した技術もコストも要らない仕事だと考えられます(長年に亘るノウハウの蓄積で、仕事がすっかり定型化・ルーティンワーク化しているのでしょう)。

 ここがポイントです。

 

 一見、大変そうに見える道路関連の事業だからこそ、予算を引っ張ってきやすい、とまあ、こんなようなカラクリなわけです。

 巨額の予算を引っ張ってきて、じつはちょっとしかお金を使わずに済んでしまう。

 そこに儲けがある。

 余ったぶんは、役所の上層部の人間とか、或いは天下り先として用意した訳の判らぬ法人とかにまわせる、とまあ、こういう仕組みなんですね。

 

 だからこそ、道路用に組んだ予算であっても、法律上、使途を限定しないシステムになっているのです。

 

 もし、「道路のためだけにお金を使わなければならない」といった趣旨の文言を条文上で明記してしまったなら、その通りにしかお金を使えなくなります。

 つまり、私腹を肥やせる余地が無くなります。

 でも、法律の条文の規定が曖昧なお蔭で、いろんな使い道が出来てしまっているのですね。

 

 役人にとって「道路」とは、まさしく❝金づる❞なのです。

 

 だから、そうした不正を生じる余地のある行いをなくすためには、法改正によって、より具体的な文言を規定することがのぞましいでありましょう。

 そうすれば、一切の無駄遣いができなくなり、私腹を肥やそうと企む人は現れない筈です。

 

 これこそが、本気の行政改革なんだと思います。

 でも、それには高い障壁が立ちはだかるでありましょう。

 

 まあ、これはシャレですけれど、いちばん有効なのが、道路そのものの概念を否定すること、「道路は人間にとって無くてもいいものである」という理屈を作り出すことでしょうね。

 

 もちろん、それは形式上の構えだけでいいんですよ。

 掛け声だけでいいの。

 だって、私腹を肥やそうとする人の出現をシャット・アウトするための口実なんですから。

 たとえば、「いまはIT(ネット)の時代だから、道路の役割はもう終わった」みたいな、そういう理不尽な屁理屈をいうのも面白いと思います。

 

 どうせ私腹を肥やすような人たちも、国民・市民に対し誠実な対応なんかしないんだから、こっちも誠実に振る舞う必要などありません。

 

 ものは言いようですわな。

 

 いかがですか?

 

 おそらく、間違っているでしょうね。

 

 あと、どうせ間違うなら、ついでにもう一つ、❝橋本順一流・景気回復策❞を伝授いたしましょう。

 

 それはですね、1万円札のデザインを変更する、ということです。

 

 すなわち、福沢諭吉大先生から野口英世に変えるんですよ。

 

 福沢大先生のご尊顔がお札になっていると、恐れ多くて、とてもじゃないけど財布からお出し奉るのは憚られちゃうじゃないですか。

 

 それに引き換え、野口英世は、浪費家で有名です。

 

 その彼が1万円札の❝顔❞だとしたら、経済にどう影響を与えるでしょうか?

 

 ひょっとしたら、彼の浪費癖が乗り移って、人々がガンガンお金を使うかもしれません。それも万札というかたちでね。

 その結果、景気回復、みたいな、そういう論法なわけですね。

 

 野口英世博士は、千円札には向いていません。

 もっとスケールの大きい人なんです。

 

 でも、その言い方だと、まるで福沢先生が小物であるかのように聴こえちゃいますよね。もちろん、決してそんなことはありません。

 

 ・・・てなわけでして、おそらく、このような目論見は間違っているものと思われます。