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橋本順一の哲学

芸術、科学、哲学、政治、経済、健康、恋愛、娯楽など、様々な分野において、思いついたことを綴る「ひらめきエッセイ」です。

人間はどこまでズボラを貪れるか

 ❝生きた物品❞を扱うということは、自ずと制約を課されるということを意味します。

 たとえば、100億円分の資産を、すべて「犬」というかたちでストックするとしたら、どうなるでしょうか?

 ワンワンうるさいだけでしょう。エサ代もかかるし、糞尿の始末、ご近所からの苦情の対応など、面倒くさいこときわまりないです。

 ところが、100億円分の資産を「カネ」というかたちで保有する場合は、きわめてたやすい。電子マネーならなおのことです。

 100億円という巨大エネルギーを、きわめて便利なツールとして、人間はいとも簡単に使いこなせるシステムを作り出してしまったのです。

 

 じつは、これが悲劇の始まりだった、ともいえます。

 

 ❝生きた物品❞を扱う場合は、それに伴う制約は自然界が教えてくれます。

 しかし、「カネ」という❝硬直化した、死んだ言葉・概念❞を扱う場合は、人間はどこまでズボラを貪れるのか、どこまで好き勝手に振る舞えるのか、といった限界論について、まったく知る術を持っていません。

 

 だから、ついつい、人間として守るべき自然の掟を破ってしまう人が出てくることになります。

 

 しばしばそんなふうに、不幸に見舞われる大金持ちがいたりします。

 

 そうした不幸のメカニズムは、要するに、「加減ができなくなる」という点にあるのですね。

 

 加減しようにも、どこにその限界点があるのかなんて、誰も教えてくれない。

 

 不幸に見舞われてはじめて、そのマズさが露呈するという程度です。

 だから怖いんですよ、あまりにも「カネ」を持ちすぎるということはね。

 その毒牙にかかって滅んでいった大金持ちは、数知れません。

 

 まあ、それでも、自分もお金持ちになりたいですけどね(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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