橋本順一の哲学

芸術、科学、哲学、政治、経済、健康、恋愛、娯楽など、様々な分野において、思いついたことを綴る「ひらめきエッセイ」です。

カラフル・ワールド

 スーラのような色彩分割的な点描画法は、相当な訓練を積み、かなり理論を勉強しないと、マスターするのはおろか、真似すらできないでありましょう。

 あまりスーラの真似をする画家が見当たらないのは、そのような理由があるからだと思います。

 ピカソですら、感覚だけでは真似することができない筈です。

 

 当てずっぽうでは絶対に描けない技法なのです。

 

 理論をマスターし、狙い撃ち的に描くしか方法がないんですよね、スーラの良さを学ぶためにはね。

 

 どのような理論かといいますとね。ざっ、とですけれど、こんな感じだと思います。

 

 

 

 色というのは画布上で混ぜる必要はない。なぜなら、観る人の脳の中で勝手に混ざるからだ。

 

 

 

 これですよね。

 テレビのブラウン管の原理と同じことを、テレビより先駆けて実践したのが、スーラなんだけれど、要するに、色をキャンバス上で混ぜずに、原色のまま点描することによって、バリエーション豊かな色の組み合わせを(結果的にではあるけれど)実現した、というわけです。

 昔のアナログ・テレビが、そうでした。その画面は、ブラウン管という、電子ビーム(3原色の光)を発することのできる電子部品の束で構成されていました。

 ブラウン管1本1本はただ1色の光を出しているだけなんだけれど、なにせ、数がむちゃくちゃ多いため、観ている人の脳はいちいち細かく色彩分析なんかしません。

 

 人間の脳ってのは、わりといい加減な処理をしてしまうところがあって、実際は原色の束を見せつけられているだけなのに、頭の中では、あたかもお花畑というか、カラフル・ワールドであるかのような、色どり豊かな認識をしてしまうのです。

 

 スーラは、それを狙って、やったのです。

 すべてを判ったうえで、わざとやっているのが、彼の凄いところです。

 

 たとえば、オレンジの点のすぐ隣に緑の点を配置すれば脳内ではこういうふうに認識される、とか、赤と青とを隣接させるとこうなる、といった具合に、色彩分割理論に基づいて着彩しているのです。

 

 それを何十年も後の時代になってテレビが真似したわけですね。

 

 彼がいかに先駆者であったか、いかに天才か、お判りになられるでありましょう。

 

 そんなわけで、私も、かなり理論的研究を積んでからでないと、スーラの技法をマスターすることはできないでしょうし、ていうか、するつもりもありません。

 仮に、マスターできたとしても、所詮、彼の二番煎じにすぎませんからね。

 

 新たな画法を生み出す必要があるのです。

 

 まあ、それについては、ここで触れるよりも実際のアート・シーンで行うのが適切でしょうから、漸次、そっちで頑張っていきたいと思います。