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橋本順一の哲学

芸術、科学、哲学、政治、経済、健康、恋愛、娯楽など、様々な分野において、思いついたことを綴る「ひらめきエッセイ」です。

み、水・・・水を、水を、く、くれぇ~・・・じゃ水は貰えない

 たとえば、炎天下のなか、広大な砂漠のど真ん中で行倒れになっている人がいたとしましょうか。

 

 

 灼熱の陽の光が、降り注ぐ。

 

 ガリガリにやせ細った身体に、ぼろ雑巾のような衣服を身にまとっている彼は、無精ヒゲにまみれた口元から、いまにも消え入りそうな掠れ声を絞り出すようにして、訴えかけた。

 

 「み、水。頼む、水を、水を、み・・・ず・・・、くれぇ・・・ぇ・・・」

 

 男は中空へ向けて、震える腕を伸ばす。

 

 叫べど、叫べど、そのようなところを都合よく通りかかる者はなかった。

 あるのは照り付ける太陽の光と、どこまでも続く不毛な砂漠だけだった。

 

 数分が経過した。

 

 

 彼の腕は、砂上に沈んだ。

 

 

 *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *

 

 なんとも後味の悪い結末。

 でも、それはどうしても避けられない流れでもありました。

 これは一体、何のアナロジーだと思いますか?

 

 そう。「引き寄せの法則」です。

 人は、いまの自分の身の丈に合った事象を引き寄せる、という法則ですね。

 そして、その「身の丈」の大きさは何によって決まってくるかというと、それは「セルフ・イメージ」がどのようなものであるか、という点にかかっています。

 

 豊かなセルフ・イメージは豊かさを、貧しいセルフ・イメージは貧しさを、それぞれ引き寄せます。

 

 これは法則です。

 必ずその通りになります。

 

 したがって、我々は、基本的に、豊かなセルフ・イメージを築き上げておく必要があります。

 その方法は、きわめてシンプルです。

 

 自分の言動やいま置かれている状況のすべてに、「豊かである!」との価値を付与するだけ。

 

 過去の苦労した想い出、納得できなかった境遇、自責の念に駆られてやまない過ち・・・などなど、自分に関するあらゆる属性に対して、「豊かである!」と評価してあげるのです。

 たとえば、第1志望の学校に試験で落ちてしまい、第2志望の学校へ入ったとするじゃないですか。その場合に、こう捉えるんですよ。

 

 「俺は第1志望を蹴って第2志望へ入っちゃうくらい豊かなんだ」と。

 

 たとえ本気でそう思ってなくてもいいんです。口先だけでそう言い聞かせているうちに、ホントにそう感じられてきますから。

 

 そうすると、やがてセルフ・イメージが豊かになります。

 その結果、引き寄せの法則に基づいて、豊かな事象が手元にやってくることになるのですね。

 

 豊かになるのも貧しくなるのも、すべてはセルフ・イメージ次第なんですよ。

 

 イエス・キリストの教えの中で、最も難解だといわれている概念が、次のような件についてです。

 

 「富める者はますます与えられ、貧しき者は唯一の持ち物さえも奪われる。」

 

 これですよね。

 でも、じつはこのメカニズムというのは、難しくもなんともありません。

 

 セルフ・イメージが豊かかそうでないか、の話にすぎませんからね。

 

 自分は豊かだと信じている人は、そのセルフ・イメージに基づいてますます豊かなものを引き寄せるし、自分は貧しいと思い込んでいる人は、そのイメージに見合う貧しい事象をますます引き寄せる・・・ただそれだけのことです。

 

 この世のメカニズムって、すごくシンプルなんですよ。