橋本順一の哲学

芸術、科学、哲学、政治、経済、健康、恋愛、娯楽など、様々な分野において、思いついたことを綴る「ひらめきエッセイ」です。

『アタック25』

 人生におけるすべての出来事は、ニュートラルです。

 あらゆる加工も、それを根本的に変えることはできません。

 

 ただし、真実をクリアなものにすることは、努力次第で可能だと考えられます。

 

 では、「努力」とは一体、何なのでしょうか?

 喩えるなら、それは『アタック25』*1みたいなものです。頑張れば頑張るほど、出場者は保有するパネル数を「25」へ近づけることができます。そして、「25」に近くなれば近くなるほど、トラベル・チャンスの際、解答を導きやすくなります。パネル数が多いことで、そのぶん有利になるんですね。なぜかというと、それだけ画面が大きく、質問VTRの映像がクリアーになるため、ヒントとなる情報が解答者にとって丸わかりだからです。

 

 人生における「努力」も同様だと思います。

 努力すれば努力するほど、神様が設定した運命がクリアーになり、物事の実相を正確に把握できるようになるのですね。

 

 とはいえ、それはあくまでも、視界が開けて目の前の景色が明るくなっただけであって、本人が運命そのものを変えたわけではありません。

 

 『アタック25』でいうなら、トラベル・チャンスで出題される質問自体は番組制作者が作っているのであって、解答者が勝手に作り変えることはできないということと似ています。

 質問は既に出題者が作定しているのであって、解答者はそれをよく見極めるべく、予め努力することくらいしかできません。

 

 同様に、運命は既に神様によって決定済みとなっているのであって、人間がそれをよく見定めるべく、日々努力するくらいしか、人間ができることはないんですね。

 プラス思考、プラス言葉、他尊行為等、すべてはその一環であります。

 

 そうした努力をすることで、人は運命そのものを変えられないにせよ、自分の運命の「見え方」を明るくする、良くすることができるのです。

 

 運命さえよく見えていれば、本来ニュートラルでしかなかった出来事が、あたかもバラ色であるかのように、明るく、眩しく、鮮やかに見えてくるのであります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1:TV番組。故・児玉清さんの名司会ぶりが人気を集めた。

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