橋本順一の哲学

芸術、科学、哲学、政治、経済、健康、恋愛、娯楽など、様々な分野において、思いついたことを綴る「ひらめきエッセイ」です。

「滑車」の法則

 人間にとって「物」とは、❝滑車❞のようなものだと思います。

 どういうことかっていいますとね。「滑車」は、重い物体を軽々と持ち上げるための装置ですよね。それをたくさん天井に取り付けてロープを通し、その先端に荷物を結び付けて引き上げれば、重たい物でもラクラク移動させることができます。

 

 要するに、「負担軽減装置」なんですよね、人間にとってあらゆる「物」はね。

 

 不動産、動産、細かな日用品や嗜好品・・・、あらゆる「物」が、そうなんですよ。

 だったら、「物」は多ければ多いほど人を幸せにしてくれそうな気もするんだけれど、でも、違うのです。

 

 多けりゃいいってもんでもないんですよ。

 

 なぜなら、「滑車」と同視しうるからです。

 「滑車」だらけの部屋、「滑車」に囲まれた暮らし、ってのも、イヤなもんでしょう。

 「滑車」は、たしかに、あればラクだけれど、そのぶん、人は心を穢れさせてしまうのです。

 

 人は、ラクをすればラクをするほど、心が穢れていってしまう生き物なのです。

 

 したがって、心を清らかにするためには、所持している「物」を減らせばいい、ということになりましょう。

 捨てるべきなんですね、「物」をね。

 

 「滑車」に頼らない自分づくり。

 

 それこそが、心の平安を得るために最も大切なことなのであります。

 

 そして、もう一つ、大事な点があります。

 それは、じつに当たり前のことなんだけれど、「滑車」が必要となるのは、「滑車」を使うときだけである、ということです。

 つまり、重たい物を持ち上げるときにしか「滑車」を使わないのであって、普段は絶対に使わない、ということなんですね。

 

 要するに、「物」ってのは、そんなに要らない、ってことですよ。

 

 要らないのよ、基本的にはね。

 要るのは例外なの。

 緊急時、非常時にしか使いません。

 

 したがって、「物」を買ったり使ったりしたなら、すぐに捨てても大丈夫、ってことになるのですね。

 

 万が一、また必要になったとしても、それだって緊急時、非常時にすぎないのだから、新たに買えば済む話です。

 そうじゃない限り、「物」なんか要らないのです。

 

 そのスタンスこそが、心の余裕であり、心の豊かさであるといえましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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