橋本順一の哲学

芸術、科学、哲学、政治、経済、健康、恋愛、娯楽など、様々な分野において、思いついたことを綴る「ひらめきエッセイ」です。

「才能」のプログラムと「成功、幸福、豊かさ」のプログラム

 全人類の間では、99.7%に亘って遺伝情報が共通している、といわれています。

 それゆえ、残りの0.3%が、個人差を生んでいる、ということになるわけですね。

 

 さて、そう考えると、「才能」のプログラムはこの0.3%の部分にインプットされている、ということになりましょう。

 たとえば、ピアノの才能とか、水泳の才能といったものは、この0.3%部分の個人差から生み出されるのですね。

 だから、そうしたプログラムは誰にも平等に備わっているというものではありません。

 ごく限られた者だけが持つものなのですね。

 

 一方、「成功、幸福、豊かさ」のプログラムについては、誰にも平等に備わっていると考えられます。

 だから、共通する97%部分の遺伝情報のどこかに、この「成功、幸福、豊かさ」のプログラムが組み込まれていることになりましょう。

 

 しかしながら、「成功、幸福、豊かさ」のプログラムが人類全員に備わっているからといって、何の努力もなしにそのプログラムを発動させることはできません。

 

 素直な心、豊かな心を持ち、真実(自分自身およびその置かれている状況)を正しく知っておかなければ、このプログラムは作動しません。

 

 そう考えると、このプログラムは「才能」のプログラムとも関係があることが判るでありましょう。

 自分の得意分野(すなわち才能)をよく見極め、己をよく知る。

 そうしたうえで、❝一人一業*1❞の理念のもと、どういう仕事、どういう努力をすれば社会や環境に貢献できるのかを考え、実行してゆく。

 

 そうすることで、「成功、幸福、豊かさ」のプログラムについても発動させることができるのだと思われます。

 

 要するに、「才能」のプログラムと「成功、幸福、豊かさ」のプログラムは密接にリンクしている、ということなのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1:かつて松下幸之助さんは、こう言いました。人間には、一人ひとりに固有の役割がある、と。それゆえ、100人いれば100通りの職業が成り立つのだ、とも、踏み込んで発言しています。たとえば、中学校の国語の教師を例に取ると、同じ国語の先生でも、100人いるなら、そのなかには古文が得意な先生もいれば現代文が得意な先生もいるし、また、教えるのが上手い人もいれば、生徒から人気のある人もいる・・・というふうに、各自の個性に応じて100通りの分野が成立していると考えて差し支えないのだ、それはもはや、独立した職業と呼んでもいいのではないかと、松下さんは述べておられました。彼はそのような理念のことを、「一人一業」と名付けたのでした。