橋本順一の哲学

芸術、科学、哲学、政治、経済、健康、恋愛、娯楽など、様々な分野において、思いついたことを綴る「ひらめきエッセイ」です。

すべての女性は❝うっふんお姉さん❞です

 「自分の魅力に気付いていない少女ほど美しい存在はない」、みたいなことを誰かが言っていたような気がするのだけれど(ソースはちょっと、忘れました)、それで、たしかにそれは本当のことなんだけれど、それは必ずしも外見的な部分だけでなく、形を持たない、抽象的なイメージの部分や雰囲気の部分についても、当て嵌まるように思われます。

 

 なんていうか、それは、女性全員が持っている(と思しき)母性の部分とか、或いは、限りある若さや時間と背中合わせになって存在しているような、そんなメランコリックな部分を垣間見せられたときにだけ、感じるイメージなんですよ。

 

 それで、私は、「まさかそこまでは自覚しておるまい!」みたいな、ヘンな優越感というか、お得感のようなものに浸って、独り悦に入る時があるんです(笑)。

 

 「あなたたちは全員、そういう魅力を持っているんだよ~!」って。

 

 「しかもそれに気付いていない雰囲気がするよ~!」って。

 

 「やーい、悔しかったら気付いてみろ~!」みたいな。

 

 

 それでですね。

 スイスの巨匠芸術家、パウル・クレーは、次のような名言を残しています。

 「芸術とは、目に見えないものを目に見えるようにすることだ」と。

 

 だから、本来なら私も、自分が女性に対して感じているそのようなイメージを、作品を通じて形象化すべきだとは思うんですけれど、でも、私は自分の楽しみのほうを優先したいわけですよ(アーティストはわがままなのです)。

 

 

 こんな話を聞かされたら、気になるでしょう?

 

 

 でも、形象化してあげない(笑)。

 

 

 いや、申し訳ありません(笑)。

 でも、それじゃああんまりなような気もするので、ちょっとだけ、ヒントを差し上げましょう。

 

 

 それを一言で表した概念が、❝うっふんお姉さん❞というフレーズです。

 

 

 女性はみんな、❝うっふんお姉さん❞なのですね。

 

 

 なんか、音楽でいうなら、60年代~70年代の映画音楽とか、ラウンジ・ミュージックといった、そんな感じのイメージに近いものかもしれません。

 

 スキャット・ソングとか。

 

 

 それを自覚していない女性は、厳然たる事実として、そういうような魅力を持っているんだけれど、ただ、それを自覚しちゃっている女性に関しては、そういった魅力がやっぱり備わっているんですよ。

 

 ・・・・・・あれ?!

 

 文脈おかしいよね?

 

  ウォッ・・・ホン(咳払い)、え~と、ね。

 自覚していない女性は魅力的だけれど、自覚している女性に関しては、やっぱり魅力的なんですね。

 

 ・・・・・・あれ?!

 

  ウォッ・・・ホン(咳払い)。

 それ・・・全部じゃん!

 まあ、いいや!

 

 要するに、自覚・不自覚、どちらの状態にも、私は魅力を感じるんですよ。

 そういうところ全部。

 

 『ドラえもん』に出てくるジャイアンの例の名ゼリフになぞらえるなら、「のび太のものは俺のもの、俺のものは俺のもの」みたいな、そんな感じですね。

 

 じゃあ全部じゃん!みたいな。

 

 世界のナベアツさんのネタになぞらえるなら、「3の倍数と3のつく数字のときにだけアホになり、さらには、それ以外の数字のときにもアホになります」みたいな、そんな感じ。

 

 じゃあ全部じゃん!、っていうね。

 

 

 結局、全部なんですよ、全部。

 

 顔、肉体、イメージ・・・・・・全部。

 

 

 女性はみんな、❝うっふんお姉さん❞なのですから。