橋本順一の哲学

芸術、科学、哲学、政治、経済、健康、恋愛、娯楽など、様々な分野において、思いついたことを綴る「ひらめきエッセイ」です。

オシャレさ、カッコ良さ、真実

 自然の法則は、シンプルで合理的で美しい。

 

 したがって、未来を予測したり、未知なること、未解明の事実などに対して、答えを求める必要性が生じたなら、そのときは、より耽美主義的に仮説を構築したほうが、より当たりやすい、ということになりましょう。

 

 つまり、なるべくオシャレでカッコいい考え方をしているほうが、より真実に近づくことができる、というわけなんですね。

 

 たとえば、フェロモンに関する議論があります。

 フェロモンってのは、要するに、ジャコウジカのオスがメスを引き寄せるために発する誘引物質の、あれですよね。

 それは、ステロイド様の化学構造を持つ「匂い物質」です。

 オスがそれを発すると、メスを引き寄せる効果が生じてくるのですね。

 そういう事実があります。

 

 すると、当然のことながら、そこからの類推で、「人間にもフェロモンというものがあるんじゃなかろうか」という考え方が浮かんでくることになりましょう。

 人間にも「ヒトフェロモン」があるんだ、それは「匂い物質」なんだ、との発想ですね。

 現代のほとんどの学者は、そう考えているといっても過言ではありません。

 なかには、それは尿の匂いだ、とか、女の膣の分泌物の匂いだ、というような説を主張する人もいるようです。

 

 でも、男と女が100mくらい離れ離れの位置にいるという場合、それをどうやってキャッチするんでしょうかね。

 そんな遠くにいる相手に届くのでしょうか?

 

 もし届くのだとしたら、どんだけ臭いんだ、みたいな話になりません?

 

 散歩道に落ちている犬のフンですら満足に嗅ぎ分けられないほど、人間の嗅覚は退化してしまっているのに。

 

 また、何年か前に、ヒトゲノム計画って、あったじゃないですか。

 人間の遺伝子の暗号(塩基配列)を解読するための国際プロジェクトがね。

 それをやり終えてみて、ヒトフェロモンを受容するための器官と予想されていたヤコブソン器官をコードする遺伝子は、存在しないことが明らかになったのでした。

 

 ってことは、ヒトが異性をときめかせるのは、匂いじゃあない、ってことにどうやらなりそうですよね。

 

 それを未だに、尿がどうだの、こうだのと、言っているのって、カッコ良くないと思うんですよ。

 

 それで、カッコ良くないとどうなるかっていうと、そういう場合、大抵、外れるんですよね、仮説がね。

 

 

 仮説が当たるためには、オシャレでカッコいい内容であるべきなのです。

 

 

 一人の大人のカッコいい男がいて、100m先に美少女がいて、その男の持つ性的魅力が、これこれこういうメカニズムで彼女をどぎまぎさせる・・・・・・みたいな仮説こそがカッコ良いのであり、案外、そういうほうが当たるもんなのですよ。

 

 

 なぜなら、私たちの暮らすこの自然界が、美しくて、カッコいい世界だからです。

 

 

 それこそが真実だからです。