橋本順一の哲学

芸術、科学、哲学、政治、経済、健康、恋愛、娯楽など、様々な分野において、思いついたことを綴る「ひらめきエッセイ」です。

「女たらし」の描く絵はクール

 尾形光琳*1は、すべてを「持っている」人だったと思います。

 彼は、大店の息子として生まれました。金持ちのボンボンだったわけですね。お金には一切、不自由しませんでした。

 そして、芸術の才能に恵まれていました。

 さらに、女性にモテモテでもありました。

 

 

 要するに、すべてを「持っていた」んですね。

 

 

 それで、そういう人が絵を描くとどうなるかっていうと、めちゃめちゃクールな作品になるわけですよ。

 

 

 「すべてを持つ者」だけが備えている余裕が、それを可能にするのであります。

 

 

 なんか、彼の絵って、ガツガツしているところが一切無いんですね。

 ピカソ*2みたいに、まるで肉食獣のごとき描き込みへの貪欲さを丸出しにしているようなところが、全然感じられません。

 

 

 だから、クールなのです。

 

 

 『燕子花図屏風』とか、『紅白梅図屏風』といった作品をみれば、それは一目瞭然でありましょう。

 

 

 あれらは、「女たらし」じゃなけりゃ描けない絵なのです。

 

 

 女性に対してガツガツしていないからこそ、ああいうクールな作風になるのであります。

 

 

 まあ、彼の場合は、生まれ持ったセンスの良さに拠るところも大きいでしょうけれどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1:江戸時代の画家。「琳派」と呼ばれるアート・フォームの中心的担い手。

*2:ピカソもかなり女性にモテていたらしいけれど、なぜか彼はガツガツしていたんですよね。それが作品にも表れていました。もちろん、それが素晴らしくないわけでは決してありませんけどね。