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橋本順一の哲学

芸術、科学、哲学、政治、経済、健康、恋愛、娯楽など、様々な分野において、思いついたことを綴る「ひらめきエッセイ」です。

愛の公式

 自分なりに、「愛の公式」なるものを考案してみました。

 

 とはいうものの、初めはうまく纏められませんでした。

 そこで用いるべきファクターについては、全部で3つ用意したのだけれど(愛、試練、感謝の3つです)、問題は、「愛」が何に比例し何に反比例するのかという論理関係をどのように記述すべきか、という点でした。

 

 この点、私はまず、次のような叩き台的な式を考えました。

 

 

 愛 = 試練 ✖ 感謝 ・・・・・・・・・・・・・・・ ➀

 

 

 これです。これを変形すると次のようなかたちになります。

 

 

 試練 = 愛 ÷ 感謝 ・・・・・・・・・・・・・・・ ➁

 

 

 これによれば、試練と愛は比例し、試練と感謝は反比例することになります。

 その意味するところは、神様は人間に愛を与えもするけれど同時に試練も与えるんだ、それらは互いに比例し合うんだ、ということなのであり、そうであるなら、数式上、感謝の度合いを大きくすれば試練の度合いを小さくすることができることになります。

 

 これは一見、もっともらしい論理関係であるようにも思えます。

 しかし、よくよく考えてみると、(それはそれでいいんだけれど、➁式の形のままでは)不都合が生じてしまうことになります。

 

 なぜなら、②式を分数の形で表すなら、「愛」が分子にあって「感謝」が分母にあるわけで、「愛」について詳しくみてみると、それは「神様からの愛」であることになるのであって、文句なしで大きいに決まっているからです。

 

 「神様の愛」が、そんなみみっちいわけがないじゃないですか。

 それはもう、無条件で「大きい」んですよ。

 私たちに与えられる恵みは、愛情に溢れたものになっているのです。

 

 神様は❝太っ腹❞なのですから。

 

 そうすると、どうなるかというと、前述の式では、いくら感謝して「感謝」の数値を大きくしても「愛」の値だって途轍もなく大きいわけだから、約分しても約分しても大きいままになっちゃうのであって、その結果として、(個人の努力量に関わりなく)「試練」の値を小さくすることはできない、という結論になってしまうのです。

 

 それはやはり、おかしい気がします。

 人は努力することで試練を乗り越えられる、と考えられるからです。

 

 そこで、新たに式を修正してみようと思います。下記の通りです。

 

 

 「愛」=「感謝」÷「試練」

 

 

 これですね。「愛」は「感謝」に比例し、「試練」に反比例する、という論理関係を表しているのであり、これによれば、無理なく、矛盾なく、「感謝」の量を増やす努力をすることで「試練」を小さくすることができる、との結論に辿り着けることになります。

 

 それで、私の物理研究によって導き出された「エネルギーの式」があるんですけれど(詳しくは論文を参照➔Unified Description of All Force, viXra.org e-Print archive, viXra:1603.0423)、それは次のようなかたちで表されます。

 

 E = i²  (「i」は「個性」を表します)。

 

 さて、ここで、「愛」を「エネルギー」と等しいものだと考えると、上述の二つの式を組み合わせることで、次のような式が成り立ちます。

 

 

 (個性)²=「感謝」÷「試練」

 

 

 これですね。したがって、(個性)²と「試練」は反比例することになります。

 たとえば、恋する二人(カップル)の個性を互いに掛け合わせた値が大きければ大きいほど、「試練」は小さくなる、ということになるのです。

 

 個性が大きければ、二人の恋の成就を阻む要素は、より少なくなる、というわけです。

 

 つまり、その二人の恋は、神様からより祝福してもらいやすくなる、ってことなのですよ、個性に溢れているがゆえにね。

 なんとも、ありがたい話ですね。

 

 要するに、「恋を成就させたいなら個性を磨け」というのが、結論なのであります。

 

 

 ま、当たり前といえば当たり前ですけれどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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