橋本順一の哲学

芸術、科学、哲学、政治、経済、健康、恋愛、娯楽など、様々な分野において、思いついたことを綴る「ひらめきエッセイ」です。

「メリハリ」

 「メリハリ」について、いろいろ考えてみました。

 

 そもそも「メリハリ」とは何か、といいますとね。

 それは、色の濃い所と薄い所とが際立ち、コントラストがはっきりと出ている状態を指します。

 要するに、「濃淡」、「グラデーション」のことだと思っておけばよろしいでしょう。それが「メリハリ」であるというわけですね。

 

 さて、じゃあ、「メリハリ」があるとどうなるのかっていうと、より個性的で、より若々しく、よりエネルギッシュに、端からは見えるのであります。

 逆に、「メリハリ」を飛ばしちゃうと、個性が薄れちゃうし、年齢も実年齢より上にみられてしまったりすることになるでしょう。

 

 したがって、「メリハリの上手な演出」というのは、我々日本人、とりわけ女性にとっては、大きなテーマであるといえましょう。

 

 さて。ところでね。肌の色や目の色、髪の色というのは、人種によって違いがあるのだけれど、それを決定づけているのは、メラニン色素の量です。

 

 欧米人はその量が少なく、日本人はそれが多い、という差異があるのです*1

 

 欧州のほとんどの国々は、日本の北海道よりも高緯度に位置しており、太陽の陽射しはあまり強くありません。

 そして、太陽の紫外線というのは、人間の生体内でカルシウムの吸収を手助けするためのビタミンDを生成する働きがあります。

 でも、欧米では、陽射しが弱いがゆえに、カルシウムの吸収がうまくいかず、骨粗しょう症や鬱などの病気を患う人が多いのだそうです。

 あちらでは、杖を突いている人や腰の曲がった人も珍しくはありません。

 それゆえ、紫外線を少しでも多く吸収しやすいように、肌や髪の色をわざと薄めに設定してあるのですよ、欧米人の体というのはね。

 また、顔立ちも、彫りが深かったり鼻が高かったりするので、「造形的な意味でのメリハリ」はもう十分に備わっています。

 

 だからこそ、さらに「色彩的な意味でのメリハリ」を付加する必要は無いのであって、髪の毛を黒くしなくても済んでいるのですね。

 

 一方、日本というところは、意外に、太陽の陽射しは強烈になっています。

 

 人間の体にとって、紫外線は、弱すぎると物足りないし、強すぎると危険である、というように、少々扱いずらいものでもあります。

 

 そして、強すぎる紫外線は、生き物の体を構成している細胞を形づくるアミノ酸どうしの連結を、ズタズタに分断してしまうという、恐ろしい性質があります。

 

 ただし、紫外線は、黒い色の物体には吸収されず、反射される、という性質もあるのです。

 

 それゆえ、我々東洋人は、強すぎる紫外線から体を守るために、髪や肌の中にメラニン色素の量を多めに含有している、というわけなんですね。

 

 そうであるなら、日本人の美しい黒髪は、カッコ良くいえば、「生きるための尊い姿」である、ということになりましょう。

 

 黒髪は、素敵です。

 

 もし、欧米人のような金髪や茶髪に対してコンプレックスを感じている人がいるのなら、どうかご安心ください。それ、気のせいですから。

 

 黒髪だって、スタイリッシュにカットしたりセットしたりすれば、充分オシャレです。

 

 

 黒髪、全然ダサくないですよ。

 

 

 芸術家の私が言うのですから、間違いありません。

 

 

 ていうか、まあ、私が個人的に黒髪女性を大好きなだけかもしれませんけど(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1:その比率を数値で表わすなら、白人を「1」とした場合、黒人は「6」なのだそうで、日本人は「2」~「4」の間くらいだろう、といわれています。まあ、でも、日本人でも、たとえば秋田美人とか博多美人といった女性たちは、メラニンのレベルは「1」といってよいほど、色白だと思いますけど。

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