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橋本順一の哲学

芸術、科学、哲学、政治、経済、健康、恋愛、娯楽など、様々な分野において、思いついたことを綴る「ひらめきエッセイ」です。

「粒立っている」魅力

 デッサンやクロスハッチングの持つ威力みたいなものって、あると思いますし、それは私がいつも作品を制作するときに感じていることでもあります。

 

 初めは、なぜ描いた筆跡に対してそこまでの豊かなエネルギーを感じるのかが、自分でも判りませんでした。

 いまも完全に判っているわけではないけれど、なんとなくなら見えてきたような気もします。

 

 それは、「粒立っている」からであるような気がするのです。

 

 「メリハリ」が出来ている、ってことですね。

 

 紙の上に痕跡を残すのが絵画なんだけれど、どんなに強く濃く塗りつぶしたとしても、ミクロのレベルでいえば、スカスカです。むらだらけなんですね。

 つまり、紙面上には「痕跡」と「非痕跡」の二種類の状態が見て取れるのであります。

 それって、まさに「メリハリ」ですよね。

 そして、その「メリハリ」の度合い、鮮度みたいなものって、描く人の実力に依存しているものと思われます。

 

 描き手のパワーがどれくらい大きいかによって、画面上に顕現された「メリハリ」も豊かであるか否かが決まってくるのであります。

 

 クロスハッチングの迫力は、まさにそういう点に基づいているのですね。

 

 パワーに満ちた画家がクロスハッチングすると、めっちゃ「粒立つ」んですよ、絵というか映像がね。

 

 歌のうまい歌手がビブラートを効かせると、声というか音というか、メロディー・ラインに「メリハリ」ができ、それ自体が「粒立つ」ように感じられるんだけれど、そのことと同じですよね。

 

 絵もそうです。

 

 

 「粒立つ」から、魅力を感じるし、美しいし、心地良いのであります。