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橋本順一の哲学

芸術、科学、哲学、政治、経済、健康、恋愛、娯楽など、様々な分野において、思いついたことを綴る「ひらめきエッセイ」です。

ファイン・アートの泉

 アインシュタイン博士の名前の由来は、感動的です。

 「アイン」は「第一級の」という意味で、「シュタイン」は「宝石」という意味なのだそうです。

 つまり、彼の名前は、「ダイヤモンド」と同義なわけですね。

 

 「名は体を表わす」というけれど、まさに彼はその名に相応しい、輝かしい業績を残しました。

 

 格言というものは、けっこう当たっているもんなのですね。

 

 因みに、私の名前は、「橋本順一」です。

 

 

 日本全国の「橋本」姓の皆さん、これ、驚きですよ。

 

 

 「橋」とは、「架け橋」のことを指します。

 すなわち、「物質と物質の間を取り結ぶ架け橋(関係性)*1」を指していることになります。

 

 物理学的にいうなら、それはまさに「エネルギー」のことを言っているわけです。

 

 そして、「本」とは、「源」です。

 

 したがって、「橋本」という姓は、「こんこんと湧き出るエネルギーの源泉」という意味があることになるのです。

 

 

 なんてエネルギッシュな、素晴らしい姓名なのでしょう。

 

 

  だって、「名は体を表わす」わけですからね。実際もきっと、そうなのでしょう。

 

 

 ありがたいことでございます。

 

 

 さて、今日私は、朝の散歩帰りに、地元の映画施設に立ち寄り、無料上映の映画を観覧してきました。

 

 『ここに泉あり』という、戦後間もない頃における地方の交響楽団の苦楽を描いた作品でした。

 

 これは、ファイン・アートとコマーシャル・アート(商業主義)の対比として見ることもできると思います。

 

 表現者として自分の表現を貫くことがいかに大変か、一人の人間が「芸事」だけで食べていくことがいかに苦しいことか、この作品をみているとそれが痛いほどこちらに伝わってきます。

 

 そして、この作品の中では、岸恵子さん扮するピアニストが、公演先からの帰りすがら、演奏に感動したと思しき一人の少女から花束を渡されて大喜びするシーンがあるんですけれど、そこ、むちゃくちゃ泣けましたね。

 

 だって、たとえ一人でもそういう人がいてくれるだけで、表現者冥利に尽きるというか、また頑張ろうという気持ちになれるわけだから。そこは思いっきり自分自身と重ね合わせちゃいますよね、どうしてもね。

 

 

  ファイン・アートの「泉」を枯渇させちゃいけないんだ、って。

 

 

 

 俺の名前の由来は「エネルギーの泉」なんだ、って。

 

 

 

 

 

 「名は体を表わす」。

 

 

 もし、壁にぶち当たっているとか、本当の自分を見失ってしまっているとか、自分探しの旅に出たくなっているといったような、方向性についての悩みを抱えておられる方がいらっしゃるのなら、ご自分の名前をもう一度見つめ直してみてはいかがでしょうか。

 

 人のミッションって、案外、名前に表われていたりするもんなのですよね。

 

 そんな気がします。

 

 

  今日はいい経験になりました。

 

 なんか、タダで、すごく感動させてもらって、嬉しかったです。

 

 

 

 ありがとうございます!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1:もしくは人と人の間を取り結ぶ架け橋と捉えてもいいでしょう。