橋本順一の哲学

芸術、科学、哲学、政治、経済、健康、恋愛、娯楽など、様々な分野において、思いついたことを綴る「ひらめきエッセイ」です。

創作活動は遊びである

 宮崎駿監督作品『紅の豚』のなかに見出せる美しさの正体について、考えてみたいと思います。

 おそらく、こういうことなんじゃないでしょうか。

 女性の美しさや、恋愛模様、人間模様、人生模様、生活模様、そしてダンディズム、ロマンチシズムなどを、歴史的背景や文化的背景に乗せて、見事に描き出している。

 そういった点が、あの映画のオシャレなところであり、美しさであると思われます。

 

 これは、「因果の法則の表れとしての絶対性」に対して、「映画作品という相対性」を近づける試みなのであって、宮崎監督は見事にその試みを成功させたということなんじゃないかと思います。

 だからこそ、あのようにオシャレにまとまった、美しい作品となりえたのでありましょう。

 

 絶対なる存在たる大自然や因果の法則を、相対的存在たる人間が一体どこまで真似できるか、にかかっているんですよね、芸術作品の成否はね。

 

 たとえば、女性の似顔絵を描く場合を考えてみますとね。

 まず、うまく描くポイントは、メリハリ(光と影)を正確に捉える、ということです。そして、そのメリハリをいわば真似して、画布の上に濃淡をうまく表現していく。

 この「真似」という作業がうまくいけば、作品としては成功ということになりましょう。

 

 あともうひとつのポイントは、配置(位置関係)を正確に捉えることです。

 これも、実物をうまく「真似」して、紙上にうまく乗せていく。それで、本物そっくりに配置できたなら、その作品は成功、ということになります。

 

 大事なことは、この、メリハリと位置関係を意識する、ということですね。

 

 この二つをうまくやれば、似顔絵を描くことも容易になります。

 

 まあ、要するに、絶対的存在をうまく「真似」して、どこまで作品(相対的存在)を実物そっくりに見せられるか、仕立て上げられるか、という遊びをやっているわけなんですよね、夢中になってね。

 

 それが、「芸術活動」とか「創作活動」というものなんだと思います。