橋本順一の哲学

芸術、科学、哲学、政治、経済、健康、恋愛、娯楽など、様々な分野において、思いついたことを綴る「ひらめきエッセイ」です。

500万年ぶんの英知

 私の頭の中からは、ありがたいことに、アイデアがひとりでにぽんぽんと湧き出てきます。ほとんど無意識に、です。

 

 こうなってくると、これはもはや、「私の実力」というわけにはいきません。

 

 人類500万年ぶんの英知が、誰の脳の中にも蓄えられていて、それがたまたま何かのきっかけで私のところから出てきた、と考えるよりほかないでしょう。

 

 だから、そうしたアイデアは私の手柄ではないため、独り占めするのではなく、積極的に世間に向けて公表されるべきものなのです。

 

 さて、その際のメカニズムについては、こう考えられます。

 まず、無いものは出てくるはずがない。

 アイデアが出てきたということは、有ったからこそ出てきた、ということです。

 

 つまり、頭の中にすでにアイデアの種はあった、ということになります。

 

 しかし、人類500万年にも及ぶ膨大な情報量を、具体的なナマの知識として蓄えておくことは不可能でしょう。

 仮に可能だったとしても、刻々と時は流れ、世の中は変遷していくのに、時代に適合しない古い具体的知識を蓄えておいてもナンセンスです。

 

 そこで、蓄えやすい形にして蓄える必要性が生じてきます。

 

 それが、情報の抽象化、法則化、エッセンス化です。

 

 そうしておけば、500万年ぶんの情報量でも蓄えることができるし、また、抽象的な法則の形態を取っているがゆえに、異なる時代、国、社会に対しても、それらにおける具体的知識とも容易に結び付くことができます。

 

 つまり、その抽象性ゆえに、ナマの具体的知識に触れるという「きっかけ」さえあれば、いつでもどこでもアイデアを閃かせることができるのですね。

 

 

 人間の脳というのは、誰もが、その可能性を秘めているのです!

 

 

 したがって、アイデアが閃いたからといってうぬぼれすぎるのもよくありません。

 

 

 だって、半分は自分の手柄だけれど、残り半分はご先祖様の手柄でもあるのだから。