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橋本順一の哲学

芸術、科学、哲学、政治、経済、健康、恋愛、娯楽など、様々な分野において、思いついたことを綴る「ひらめきエッセイ」です。

「バインダー」と「ルーズリーフ」

 女性の卵子は、喩えていうなら、「バインダー」みたいなものです。

 

 一方、男性の精子は「ルーズリーフ」だといえましょう。

 

 この点、「バインダー」だけがあっても意味をなしません。だから女性は、内容がびっしりと書き込まれた「ルーズリーフ」を欲しがる、というわけです。

 

 さて、かつて私は、遺伝子とは「行為類型」であると述べました。

 しかし、それが当て該まるのは、いま説明した理屈からすると、男性についてのみ、ということになりましょう。

 男性の精子は「ルーズリーフ」だからです。必要なページについては残して保存しておけばよいけれど、不要なものはどんどん差し替えができるというのが、「ルーズリーフ」の強みです。

 この点が、「行為類型」であると評価しうるというわけなんですね。

 

 ところが、女性の場合は、「ルーズリーフ」ではなく「バインダー」だから、それを「行為類型」と見做すことはできません。

 

 「バインダー」というのは、遺伝子のソフトではなくハードであると捉えなくてはなりません。

 人類の長い歴史の中で、連綿と受け継がれてきた、人間として生きるために最低限必要な機能をコードしてある遺伝情報であると捉えるのが、むしろ素直です。

 

 ところで、「ルーズリーフ」も、日々蓄積されるノウハウが増えていけば、それに伴い「ルーズリーフ」の枚数もどんどん増えていくことになります。

 そうなると、やがて「バインダー」が容量いっぱいに埋まってしまう時がやってきます。

  そうなると、「バインダー」を大容量のものへとチェンジするか、或いはもう一冊同じ「バインダー」を付け加えるなどの、なんらかの変更を行わなければなりません。

 

 このハードウェアたる「バインダー」のチェンジこそが、「進化」だといえましょう。

 

 これは、或る程度の集団における「進化」なのであって、個人レベルのものではありません。

 個人レベルの「進化」は、日々の地道な努力と経験によって「ルーズリーフ」を増やしていく営みにほかなりません。

 

 そして、この「ルーズリーフ」の枚数が多い男性ほど、異性獲得競争において有利に戦うことができ、ひいては子孫を繁栄させることができるのであります。

 

 薄っぺらな「ルーズリーフ」の持ち主は、子孫を残すことができず、自分の血筋を途絶えさせてしまうことになるでありましょう。

 だから、それが嫌であれば、一生懸命努力して、「ルーズリーフ」の枚数を増やすこと、すなわち遺伝子のブラッシュUPを心掛けねばならないのです。

 

 そして、それはもっぱら男性に対して求められる作業なのであって、女性には求められていないことなのですね。

 

 もっとも、これは「生殖用遺伝情報源」の伝達というレベル(ひいては進化レベル)についての話なのであり、女性個人が社会においていきいきと活躍するとか、個人の生き甲斐を追求するといったレベルのものについては、当て該まらない、ということに注意しなければなりません。

 

 女性にもその当然の権利があるからです。