橋本順一の哲学

芸術、科学、哲学、政治、経済、健康、恋愛、娯楽など、様々な分野において、思いついたことを綴る「ひらめきエッセイ」です。

立憲民主主義と少子高齢化

 現在のこの立憲民主主義憲法の時代においては、国内では内乱や内戦といった争いが起こることはほぼありません。

 

 一方、封建時代以前の時代においては、憲法十七条(聖徳太子)とか、御成敗式目北条泰時)といった、人権保障としては不完全な法体系しかなかったため、争いが絶えませんでした。

 さて、こうした時代背景においては、争いによって人が数多く死ぬ危険性が高かったし、医学がそれほど発達していなかったため、病気や怪我によって人類が滅亡することのないように、子孫をどんどん増やす必要があったものと考えられます。

 

 したがって、生物学的に考えると、男女が割合簡単に結ばれて子供を作ってさえいれば、人類は繁栄することができていた、といえます。

 そうであるなら、男の側に求められる魅力も、そんなに高いレベルは求められなくてもよかった、と思われます。

 キレのあるシャープな能力がなくても、基本的な肉体的な面での逞しさがあれば、それで充分女性を惹きつけることができていたと考えられます。

 

 ところが一方、現代の立憲民主主義憲法の時代においては、(幸いなことに)争いで人が死ぬことはないし、人口だって昔とは比較にならないほど増えてきています。医学の進歩はめざましいものがあります。

 

 ゆえに、平和で快適で物質的にも豊かな環境が私たちに与えられていることはたしかに素晴らしいことでもあるのだけれど、その反面、もしこのまま無制限に人口が増え続けていったならば、地球はパンクしてしまうことにもなるでしょう。

 

 そこで、自然界は絶妙な、しかし非情な調整原理を働かせて、人口バランスを適正に決定しようとしているのでありましょう。

 いま幸せに暮らしている人たちをあやめるようなことは決してあってはならないので、時代の流れとともに、地球に暮らすみんなが、争いを失くせる方向へ、自然に、シフトしてきた・・・・・・けれども、地球における人口問題、食糧問題、資源・エネルギー面での問題を解消するためには、これから生まれようとしている新しい命を、(こういう言い方は不謹慎かもしれませんが)少なくしようとしているんじゃないでしょうか。

 

 その具体的現象こそが、少子高齢化というわけです。

 

 そうなることで、人口爆発が起きないように、コントロールされている可能性があります。

 具体的にいうと、男がモテるための条件が、昔に比べて随分と厳しくなった、ということです。

 

 昔は、ただ単に体を鍛えていれば、十分に逞しく映り、女性をゲットすることも一応はできていたのだけれど、現代ではそのような必要性は消失し、むしろ溢れんばかりの豊かな能力でもってこの複雑な現代社会を巧みに生き延びていけるような男でないと、なかなかモテなくなってきました。

 

 つまり、それだけ魅力的な男がいなくなってきた、ということなのですね。

 これは逆にいうと、女性からの条件がより厳格になってきたということでもあるでしょう。

 

 こうなってくると、当然、男女間の恋愛は少なくなっていくものと推測されます。

 

 その結果として、少子化現象が起こります。

 

 だから人口がコントロールされる。

 

 したがって、地球がパンクするおそれもなくなる。

 

 

 とまあ、一つにはこのような結論も採りうるでありましょう。

 

 そうはいっても、子孫が増えなさ過ぎても困ることになります。

 

 

 ここはやはり、バランスを図ることが大切になってくるものと思われます。

 

 

 ただ、それ自体が、「神の見えざる手」によって規律されているのであれば、人の手で調整を加えることが果たして許されるのかどうかは、判らないところではあります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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