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橋本順一の哲学

芸術、科学、哲学、政治、経済、健康、恋愛、娯楽など、様々な分野において、思いついたことを綴る「ひらめきエッセイ」です。

痛み、傷痕、愛

 人の「生」と「死」に関する事柄については、私たちはそれを思い通りにコントロールすることができません。

 

 それは人知の及ばない、遠大な、自然の秩序の力で決められる事項になっています。

 

 人は、生まれてくる時代、場所、そしてどんな両親のもとに生まれ、どのような顔や性格、能力を与えられ、どの学校へ入りどのような職業に就いて、誰と出会い誰と結ばれ、そして何歳の時に何の死因でこの世から旅立っていくのか・・・・・・ということについては、何百億年、何千億年も前から、「運命」によって既に決められている、と(私は)考えています。

 

 私たちの暮らすこの自然環境、とりわけ日本の気候風土は、美しく、温暖で、我々は海や山からたくさんの恵みを与えてもらっています。

 この星の一員として生きる喜びを実感させてもらえて、やりがいをもって日々の活動を行える幸せを教えてもらえるのも、まさしく大自然のお蔭にほかなりません。

 

 しかし、それはときに、人間に対して猛威を振るい、街を破壊し、財産や自由、そして命さえも、脅威にさらしてしまうことがあります。

 

 大自然は私たちに対して大きな恵みを与えてくれる一方で、私たちから大切な何かを奪ってしまう、そんな恐ろしい存在でもあるのです。

 

 5年前に起きた東日本大震災、21年前に起きた阪神淡路大震災が、まさにそれを物語っています。

 

 それらの自然災害は、私たちの心に大きな衝撃と痛みを与え、深い傷痕を残し、いまなお被災地の方々を苦しめています。

 

 現地で直接の被害に遭われた方々の悲しみを思うと、人の「生」や「死」に関する事柄を軽々しく口にすることはできず、ただただ沈黙し、一日でも早く元通りの幸せと平和な暮らしを取り戻していただけるよう、ひたすら願い見守ることしか、私にはできません。

 

 「運命」の一言で片づけてしまうことは、あまりにも配慮を欠く振る舞いであるようにも感じられます。

 

 自然の猛威を目の当たりにしたとき、我々には一体、何ができるでしょうか。

 

 おそらく、なす術はほとんどないものと思われます。

 

 できるのは、事前の備えと、起きてしまったことへの冷静な分析・対応、被害に遭われた方々へのできるかぎりのケア、そして亡くなられた方々へ哀悼の気持ちを捧げることだけです。

 

 人間一人の力は、大自然の前ではあまりにも小さいものでしかありません。

 

 それでも、生き残った者たちの可能性(役割)というものを、私は信じたいのです。

 

 

 人はそれぞれ、役割(使命)を持って、この世に生まれてきたのだ、と。

 

 

 自分は自分にできることに精いっぱい取り組めば、それだけでもう十分に尊い行いであるといえるのではないでしょうか。

 

 或る人と、別の或る人とで、結果が「生」と「死」に分かれた場合、何をもってそのような結末になったのかということについては、私には明確に答えることができませんし、また、沈黙すべきであるとも思います。

 

 人は、生きている間に、誰かのためにエネルギーを割き、「愛」を注ぐことなら、なんとかできます。

 

 神様はやはり、人間一人一人を苦しめるために私たちをこの世に生み出したのではない、と私は信じたいのです。

 

 

 人間は本来、エネルギッシュな存在であること期待されてこの世に生み出されたのです。

 

 

 お互いに助け合い、支え合える存在でいられるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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