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橋本順一の哲学

芸術、科学、哲学、政治、経済、健康、恋愛、娯楽など、様々な分野において、思いついたことを綴る「ひらめきエッセイ」です。

フォーカスの当てどころ

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 この春、私はいくつか映画を観てきました。

 

 今日はそのうちの一つである、話題作・『セーラー服と機関銃~卒業~』を例に取り、想うところを述べて参りたいと思います。

 

 感想はいろいろとあります。

 興行成績のことや、ストーリー的なこと、広告・売り込み戦略的なことまで、さまざまです。

 

 興行成績的なことについては、残念ながら、この作品は大ヒットといえるような結果にはまだ至っていないのだけれど、私にはそれが判らないんですよね、なぜそうなってしまっているのかがね。

 

 面白かったですもん。

 

 素晴らしい映画でしたもん。

 

 主演の橋本環奈さん、素敵でしたもん。

 

 他のキャストについても、長谷川博己さんは思っていた以上にカッコよかったし、武田鉄矢さんも最後カッコよかったし、大野拓朗さん&宇野祥平さんもいい味出していたし、安藤政信さんも演技が光っていました。

 

 ロケ地・高崎を背景とした構図・場面も綺麗でした。

 

 主題歌面での要素、BGM的なもの、コマ割り的なもの、カメラワーク的なことといった、演出面においても、べつに問題があるようには見受けられませんでした。

 

 

 やれごり押しだの、いまどきヤクザ映画は古いだのと、あれこれと素人的な論評をしては、ディスカウントしている人がいますけれど、映画館にまで足を運ばないのは一体、なぜなんでしょう?

 

 まあ、ひとつには、「頭でっかち」なのだと思われます。

 頭で考えただけですべてを知ったような気になっちゃっているのだけれど、じつは何も判っていらっしゃらないんじゃないか、っていうね。 

 

 

  (それに関しては)無知なの。

 

 実際に作品を観てから物申してください、ってことなんですよね。

 観ないうちから、ネットの噂的なあやふやな前提知識にちょっと触れただけで「駄作」と決めつけ、観に行かない・・・その結果、無知のままでいる、っていう、ただそれだけのことであるようにも見受けられるのです。

 

 また、「ヤクザ映画なんて・・・」っていうけれど、同じヤクザでも、ただのチンピラ的な人もいれば、任侠道を重んじる人もいるわけで、うまく描けば、カッコよく演出することもできるでしょうし、作品に華を持たせることだってできるでありましょう。

 フィクションなんだし。

 実際、長谷川さん、カッコよかったんだし。

 

 大切な女性を守るために命懸けで闘った男たちの話でもあるので、カッコ悪いイメージは無いと思うのですけれど。まあ、それはその人の感じ方にもよりますけどね。

 

 

 というわけで、(まあ、この作品に限ったことではないのだけれど)判らないんですよねぇ・・・。

 

 みんなで力を結集して、一生懸命、優れたコンテンツを作っても、受け入れられるとは限らない。

 

 なぜなのでしょう?

 

 人類全体、社会全体の興味の総量が予め決められていて、人口の多さ・ユーザーの多さに応じて按分されてしまい、個々の作品に対して割り振られる興味の度合いが薄れてしまっているのでしょうか?

 或いは、あまりにも商業ルートに乗せすぎると、超重層的多数当事者関係が出来上がってしまい、物事が複雑化しちゃって、そのせいで(見かけ上の)魅力が薄れてしまっているのかもしれません。

 

 だから、いずれにせよ、「頭でっかち」になって、人々はうわべだけで判断し、実際の魅力に気付かずにいるんじゃないでしょうか。

 

 

 本当の魅力は、実際に観てはじめて、判る。

 

 

 だから、観た人の評価は、総じて高いものになっています。

 

 

 面白いことに、観ない人はああだ、こうだと論評して勝手に低評価していて、一方で、観た人は「よかった」「面白かった」と高評価している、ってことが窺えるのです。

 

 要するに、人によって、フォーカスの当てどころが違う、ってことですよね、ひと言でいっちゃえばね。

 

 

 ま、でも、どうせ当てるなら、物事の良い側面にフォーカスを当てたいものですね。

 

 

 

 

 

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