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橋本順一の哲学

芸術、科学、哲学、政治、経済、健康、恋愛、娯楽など、様々な分野において、思いついたことを綴る「ひらめきエッセイ」です。

「数式積極主義」と「数式消極主義」

 「数式消極主義」(私の造語です)とは、科学研究においては、数学的記述については最後へ回し、そこに至るまでの間は、数式以外のありとあらゆる方法を用いて自然を分析することでモデルを充分に練り上げ、そのうえでようやく数式化を試みれば足りる、という考え方のことです。

 

 私は当然、この立場に立っています。

 それがいちばん似合っているし、じつはいちばんの近道でもあると考えられるからです。

 

 数学以外の方法で十分に検討してから最後に数学を使うと、間違いを最小化できるだけでなく、中学生レベルの簡単な数式で自然現象を表わせるのです。

 

 これは、すごいメリットです。

 

 物事は、最初に苦労しておけば、後がラクです。逆に、最初にラクばかりしていると、後で苦労する羽目になります。

 そういうものなのですね。

 

 物理学の研究でもまったく同じことがいえます。

 多くの物理学者は、なんでもかんでも数式に直して考える傾向にあります。

 

 すぐに数学的テクニックに走ろうとします。

 

 でも、自然科学の研究対象というのは、あくまでも「自然」なのであって、「数的世界」ではありません。

 

 物理学者は、いままで、逃げていたのです。

 

 まずやらなければならないことは、ありのままの自然と向き合う、ということなのです。

 

 それをおざなりにして実用へと突っ走るから、後で大変なことになってしまうのです。

 つまり、数式がどんどん複雑になっていき、他の数式と整合させるのが困難になってゆきます。

 相対性理論量子力学を整合させられないのも、そうです。

 量子力学が作られるときに、数式ばかりが先行して、本質は後付けでいいとばかりに軽視されてしまったために、いまの物理学の膠着状態を招いているのですね。

 

 それはもしかしたら、初めに手抜きしていた罰なのかもしれません。

 

 一方、私の導いた数式は、ごく単純なものでした。↓

 Unified Description of All Force, viXra.org e-Print archive, viXra:1603.0423

 

 

 これは、最初に自然の成り立ちについて深く考察していたおかげで、余計な数学テクニックを使う必要がないくらいに完成度が高まったからなのです。

 初めに苦労しておいたおかげで、後がラクになってくれたのです。

 

 研究とは本来、そういうものだと思います。

 

 数式については、最小限でいいんです。

 

 ミュージシャンの曲作りに喩えるなら、数式というのは最後の「レコーディング」に相当すると思います。

 曲そのものがいい加減なままで勇み足的に録音しちゃう人なんていないでしょう。

 

 それは物理学者だって同じである筈で、理論がまだ形にならないまま勇み足で❝録音❞しちゃうなら、それは仕事としては不完全であることになります。

 なのに、物理学者たちは、ときに自然への理解があやふやなままで、いきなり数式にまとめ上げようとしてしまいます。

 理屈など後回しです。

 

 数式至上主義に陥っているのですね。

 

 言い換えると、これは「数式積極主義」ということになります。

 

 本来、物理研究は「数式消極主義」でなければなりません。

 

 もしそうでないなら、それは後で苦労するような事態を招きかねません。

 

 

 自然の仕組みと真正面から向き合うことから逃げてはなりません。

 

 

 結局、逃げなかった人が、最後に勝つのです。