橋本順一の哲学

芸術、科学、哲学、政治、経済、健康、恋愛、娯楽など、様々な分野において、思いついたことを綴る「ひらめきエッセイ」です。

人生とは「夏休み」のようなものです

 人生とは「夏休み」のようなものであります。

 

 ゆえに、日々の暮らしの中で訪れるイヤなことや辛いことは、「宿題」であるといえましょう。

 

 たとえば仮に、それを初めの10日間で終わらせてしまえば、残りの約30日間を思いっきり楽しむことができますよね。それって、最高のバカンスになりますよね。30日間まるまる遊びに使ったっていいわけですからね。

 

 

 

 でもそれは、「宿題」を頑張ってやり終えたからこそ、最高の「夏休み」になってくれた、ということでもあるのです。

 

 

 

 人生も同様でありましょう。

 

 「イヤなこと」を経験すれば、それはもう、「宿題」をやり終えたみたいなもんなのですね。

 

 昔からよく、「若い頃の苦労は買ってでもしろ」っていうけれど、あたかも「夏休み」の「宿題」を最初の10日間で終わらせちゃって残り30日間を悠々自適に過ごすのと同じように、早い段階で「イヤなこと」を経験しておくことは、とても有意義なことなのであります。

 その先に連なる日々は、ハッピーな性質のものとなっているのですね。

 

 

 巨大サイズの素晴らしい世界の扉が開くのを、実感できるでありましょう。

 

 

 ところが一方、「宿題」を後回しにしておくとどうなるかっていいますとね。「夏休み」を満足には楽しめなくなってしまうことになりましょう。

 なぜなら、「宿題」に追われる日々が続くだけだからです。

 

 

 「夏休み」というのは、「宿題」を後回しにしていると必ず最後のほうでそのツケが回ってくるようになっているのですね。

 

 

 人生も同様でしょう。

 

 それは、厳しい部分と、快適な部分と、両方の部分があるのです。

 

 しかし、そのカラクリさえ判ってしまえば、恐れるものなど何一つありません。

 たとえば、「イヤなこと」を人から言われたり、されたり、また不可抗力によって「イヤなこと」を無理矢理経験させられたりすると、なんだか巨大サイズのイヤ~な世界の扉が開いてしまったような気がして、心が沈んでしまうことも、ときにはあるでしょう。

 

 でも、じつは、それは誤った思考パターンなのですよ。

 

 巨大サイズのイヤな世界なんて、ホントは存在しないのです。

 一見、今後もイヤなことが継続的に降り掛かってくるかのようにも思えてきてしまったりするのだけれど、それは自分の心の中で勝手に作り上げられてしまっているだけのものなのです。

 なぜなら、「イヤなこと」ってのは、「宿題」と同じだからです。

 やり終えればやり終えるほど、経験すれば経験するほど、あとがラクになっていく。    

 まるで「宿題」の残っていない「夏休み」が悠々自適だったのと同じようにね。

 

 たとえば、ビジネスや日常の仕事の現場において、誰かから叱られたり、イヤな言葉を浴びせられたりしたとしても、彼らにとっても、それは「宿題」をやり終えたようなものなのですよ。

 言わなきゃならないこと、伝えなきゃならないことを処理できて、ホッ、としている可能性だってあるのです。

 

 

 だから、彼らも一仕事終えてハッピー、自分も「宿題」を済ませてハッピー、みんながハッピー、みたいな状態だと考えられるのですね。

 

 

 

 したがって、あとに引き摺る必要などまったくありません。

 

 

 ましてや、反発したり不機嫌になったりする必要など更更ありません。

 

 

 

 むしろ、「夏休み」が充実していくのだから、感謝してもいいくらいなのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イヤな世界の扉は開かない。

 

 そんなものはもともと無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あるのは、広大で、楽しく、素敵な世界のみ、なのであります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お互い、「夏休み」を思う存分、満喫していきましょう!

 

 

 

 

 

 

 

 ま、でも、世間的には、いま思いっきり「冬休み」の時期でしょうけど(笑)。