橋本順一の哲学

芸術、科学、哲学、政治、経済、健康、恋愛、娯楽など、様々な分野において、思いついたことを綴る「ひらめきエッセイ」です。

天使の叱責

 ちょっと前に、カンニング竹山さん主宰のネット番組『マジガチランキング』が打ち切りになったとの、報道がありましたよね。

 それは、「整形していそうな芸能人」や「枕営業していそうな芸能人」などのきわどいテーマで街の声を聞き、その結果をランキング形式で紹介するという人気番組だったらしいですけれど、竹山さん曰く、次のような理由から、番組が終了へと至ったのだそうです。

 

 

 「すごいところから怒られた。」

 

 

 これですね。

 

 それと同様にといいますか、私もですね、或るすごいところから、ここ何ヶ月間も、ずっと怒られ続けてきたんですよ。

 

 カンニング竹山さんがどこから怒られたかは定かではありませんけど、そこよりももっとすごい方々から、私は怒られてしまったのです。

 

 

 

 

 いちばん偉い方々ですよ。この世界における、ね。

 

 

 

 

 そんなすごい方々から、私はずっと、叱られ続けてきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その方々というのは、ズバリ•••

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天使です。

 

 

 

 もしくは神様といってもいいかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここでいうところの「天使」というのは、

ガチの、正真正銘の天使と、比喩的な意味での天使と、どちらも含んでいます。

 

 正真正銘のほうの天使は、自然の理法そのものを自在に操れる、途轍もない力を持っています。

 

 その力は、人間が神の道に合致するような行為をしたときには、私たちを取り巻く現実をプラスの方向へフィードバックさせ、一方で、それに反するような行為をしたときには、現実をマイナスの方向へフィードバックさせる作用を持ちます。

 

 

 

 

 

 

 

 天使は、必ず、ご自身が望んでおられる流れへと、私たちを導こうとなさいます。

 

 

 

 

 

 

 

 何がなんでも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 私たちは絶対にそれに逆らえません。

 

 

 

 

 

 

 

 天使たちの強制力は、それほどまでに凄まじいのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 喩えるなら、こんなような話になると思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 天使たちが、私を取り囲み、睨みつけた。

 そのうちの一人が中空へ舞い上がるように飛び立ち、私の背後へと回って、地面に降り立ったかと思うと、後ろからこの身体を羽交い締めにした。

 身動きの取れない私の喉元に、もう一人の天使が、鋭い刃物を突きつけてきた。 

 私は、恐怖を感じた。 

 その場から逃げ出したかったけれど、強い力で縛り付けられているため、一歩も動くことができなかった。

 やがて天使は、刃先を私の喉に寸止めしたまま、少しの狂いもない、整った、涼しげな顔を、こちらへ向けてきたのだった。

 

 

 「普通のごはんとサトウのごはん、二つあるうちの、どちらか一つをあなたに与えます。さあ、選びなさい。」

 

 

 私はその真意を図りかねたけれど、震える唇を押し開くようにして声を出し、目の前の天使を見据えた。

 

 

 「じゃ、あの•••、普通のごはんを••••••」

 

 

 天使は、表情を一変させた。

 それはまるで、鬼のような怒りと憎しみと、攻撃心に満ちた恐ろしい形相だった。

 

 

 

 

 「串刺しにしてやろうか!」

 

 

 

 

 瞳を潤ませ、目を泳がせるようにして天井を仰ぎつつ、私は、裏返った、甲高い声を震わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さ、さ、さっ•••サトウのごはん、お願いしまぁ~っす!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***********************

 

 

 

 とまあ、こんなふうな感じで、有無も言わさずに、ご自身の狙い通りの道筋へと、天使は私たちを誘導しようとするのです。

 

 もちろん、普通のごはんが駄目なわけでは決してありません。ただ、天使はときに、そのくらい強引に、物事を確定させようとするということを、ここで言いたかったのです。

 

 

 けっこう、それって、なんか、ワンマン社長とかに似ていると思いませんか?

 

 一代で一大企業を築き上げた創業者社長っぽいところがあるような気がします。

 

 「社長のことを愛せない従業員は、クビだ!」みたいな(笑)。

 

 

 

 天使とか神様って、ご自身のお造りになられたシステムに従わない者たちに対しては、徹底して、愛の鞭を食らわせるようなところが、あるじゃないですか。そう思いません?

 

 私はこの頃、それを強く痛感しています。

 

 

 天使から怒られているのだ、と。

 

 

 それがいわば、ホメオスタシスの作用となって、表われているような気がするのです。私の現状において。

 

 

  「ホメオスタシス」というのは、「恒常性維持機能」のことをいいます。

 たとえば、人間の身体は、体温が適温よりも著しく上昇した場合には、汗をかくことでそれを元の状態へと戻そうとし、逆に、体温が適温よりも著しく下降した場合には体全体を震わせ、細胞と細胞とを擦り合わせることで摩擦熱を生じさせて、よってもって、元の状態へと戻そうとする働きがあります。

 

 それは、自然に、オートマチックに、そうなります。

 

 そのようなバランス維持機能が人体には備わっているのだけれど、それにとどまらず、日常生活や人生全般に亘っても、そうしたフィードバックが規律づけられているように思われるのです。

 

 

 強制的な、ね。

 

 

 それは、この世における、最上位の、普遍的メカニズムといっていいのではないでしょうか。

 

 

 

  自然界にはそのような、帳尻合わせのためのフィードバック機能が備わっており、私たちの人生そのものを、個々の場面において、逐一、確定させていくのです。

 

 だから、たとえば、自身の置かれている現況の中で、自分が何らかの不心得を犯しているとすると、あたかもそれを正当化するかのような、有無も言わさない、強い規定力が働いてしまうのですね、それに対してね。

 

 嘘つきは泥棒の始まり、みたいな感じで、自分が自然の掟から外れた考え方や振る舞いをしていると、そっちがお似合いとばかりに、自分にとって不本意な出来事が次々に起きてしまうのですよ、不思議とね。

 

 私の場合でいうと、それは、やりたい仕事を思うように出来ない、或るいは、会いたい人に会えず、会いたくない人が来ちゃう•••といったようなことが、主なケースであるということになります。

 

 なぜそうなるのかというと、そうならなければバランスが取れないからでありましょう。自然界全体としてみた場合にね。

 

 ここは説明が難しいところでもあるんですけど、(たぶんですけれど)一種の“受給遅滞”、もしくは“受給放棄”の問題であるような気がするのです。

 どういうことかといいますとね。

 

 

  ちょっと比喩的な表現になりますけれど、ここでの問題は、“天使がくれた砂糖菓子”を、賞味期限内に味わわずにいる者は、まるで、始めからそれに無縁の者であるかのような、恵まれない、辛辣な扱いを受けさせられる••••••そのことを示している、というふうに解釈しうるのです。

 

 天の恵みを素直に受け取らない人間は、たとえ実力が「一人前」のレベルに達していたとしても、やがて、まるで生来の「半人前」であるかのごとき低い評価を受けてしまい、その低評価に見合った、不遇生活、不幸人生を送らされる羽目になってしまう、ということなのですね。

 

 なぜなら、そう誤解させるような態度を取ってしまっているからです、天使たちに対して。

 

  でも、本人は、自分の努力不足のせいでそうなっていると思い込んでいるんですよ。だから、“受給遅滞”を犯している現状を放置したまま、今まで以上に、さらなる努力をしようとするのだけれど、皮肉なことに、そうすればそうするほど、現実生活が理想とはかけ離れた方向へ行ってしまうことになるのです。

 

 

 

 

 

 なんか、それ、イヤ~な感じなんですよね。

 

 

 

 惨めな感じ。

 

 

 

 

 

 

 

 自分が自然界や社会から粗末に扱われてしまっているかのような錯覚すら、起きてきてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 でも、そう仕向けたのは、紛れもない、自分自身なのです。

 

 

 天使たちは、それを正当化しただけ。

 

 

 “砂糖菓子”を受け取らない者に対して、受け取らないのが当然であることを示すかのごとき、非情な、ドライなレッテルを貼ったのです。

 

 逆にいえば、“砂糖菓子”を拒否している者に溢れんばかりの幸せを与えてしまったら、天使の面目が丸潰れになってしまうことになります。それは極めてバランスの悪いことであり、自然の理法に背くことになるのです。

 

 おかしいのです。

 

 あり得ないのです。

 

 

 だから、厳しい現実が待ち受けることになるのです。

 

 

 

 

 

  天使が、怒っているのです!

 

 

 

 

 

 私は、その怒りを、解いてしまいたい!

 

 

 

 

 

 では、どうすれば、それが可能になるのでしょうか?

 

 まず、そのためには、現時点で天使が怒っているのか否か、そして、もしそうだとしたらどの程度怒っているのかについて、大まかに(できれば正確に)把握する必要があります。

 

 それを知らせてくれる一つの目安があります。

 

 

 ここから先は、信じたくない人は信じる必要はありません。信じたい人だけ、信じてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その目安とは、エンジェル・ナンバーです。

 

 

 

 

 

 

 「エンジェル・ナンバー」というのは、私たちが普段の暮らしの中で偶然に目にする数字の組み合わせのことを、指します。

 

 たとえば、「4444」や「7777」、「2525」などの、ぞろ目とかコンビネーションといった組み合わせが、そうです。

 

 これらは、神様や天使が、私たちを取り巻く現状もしくは頭の中を支配している考え方などに対して、一定の評価を示してくださった証である、とされています。

 

 それらは、数字の組み合わせ次第で、意味合いが様々に変わってきます。それは私たちにとって、良い内容のものもあれば、悪い内容のものもあります。

 そして、悪い内容のほうの数字を見かけたときこそ、天使たちが怒っているとの、メッセージであると解釈しうるのです。

 

 これらは、あながち、馬鹿にできません。

 

 私も、当初は、この「エンジェル・ナンバー」というものに対して、半信半疑のスタンスに立っていました。

 しかし、1年間くらいに亘り、データをとってみたところ、その日の出来事と記録したナンバーとの間に、そこそこ、相関関係が認められたんですよ。

 

 

 だから、信ずるに値するんだなと、思うようになりました。

 

 

 

 それでですね、ここ半年間くらい、ずっと、私は、悪い意味内容を示すほうのナンバーを、毎日のように、見させられてきたわけです。

 

 けっこう、ショック大きかったですね。

 

 お蔭さまで、過ちに気付いたってのもありますけど。

 

 

 

 それで、つい最近なんですけれど、考え方を改めてみたら、なぜか、そのようなナンバーを見る頻度が少なくなりました。

 

 

 天使の怒りが、やわらいだのかもしれません。

 

 とはいえ、まだ“砂糖菓子”の“受給遅滞”が解消されたわけではないので、怒りが完全になくなったとはいえません。

 それを解くためには、“砂糖菓子”をしっかりと受給する必要があります。

 

 

 

 では、その“砂糖菓子”とか“受給遅滞”ってのは一体何の話なのか、ということについて、そして、「比喩的な意味での天使」のほうについても、記事を改めて、詳しく述べていきたいと思います。