橋本順一の哲学

芸術、科学、哲学、政治、経済、健康、恋愛、娯楽など、様々な分野において、思いついたことを綴る「ひらめきエッセイ」です。

浮気、いやらしさ、愛

 ネットTVの『指原莉乃ブラマヨの最低男総選挙』という番組で、お笑いコンビ・ブラックマヨネーズ吉田敬さんが、「男の浮気と女の浮気は意味合いが違う」といったような趣旨の考えを述べたところ、たくさんの女性視聴者から批判が上がり、炎上気味に受け取られたらしいです。

 この「浮気」というテーマは、100人いれば100通りの意見が出るくらいの、答えの見えにくい問題であり、万人を納得させる見解を示すのは、ほぼ不可能でありましょう。

 これに関して、よく聞くのが、

 

 「男が浮気するのは仕方ないが、女が浮気するのは許されない。」

 

 といった意見です。

 これに対しては、大きな反発・反論があるのはいままでの言論の歴史が示す通りですよね。

 

 この点、吉田さんの見解は、喩え方がかなり卓越したものだったのだけれど、いかんせん、女性受けが良くありませんでした。

 どんなものかというと、次のような趣旨の考えでした。

 

 「男にとってパートナーともいうべき親しい女性は、自分専用の自転車置き場のようなものであり、そこに自分という名の1台の自転車が停まるのはいいが、見知らぬ誰かのものが停まっているのは不愉快だ。だから女の浮気は、男からすると受け入れ難いことなんだ。」

 

 これですね。

 さすがM-1グランプリの覇者だけあって、発想力に富んだ見方だと思うのだけれど、残念ながら、「ひとのことを自転車置き場扱いしないでください!」といったような批判が、女性たちから寄せられてしまったのでした。

 

 たしかに、女性からすれば、もうちょっと可愛いらしく、オシャレなものに喩えてほしかった、という面はあったかもしれません。

 ただ、吉田さんの考え方の中には、男性心理の大きな核となる要素が含まれているというのもまた、事実です。

 それは何かといいますとね、“オスの縄張りの本能”です。

 人間に限らず、動物のオスというのは、多かれ少なかれ、そうした縄張り意識みたいなものを持っています。すなわち、男ってのは、自分一人の、排他的な支配の及ぶ、自由なテリトリーを確保したがる、しかもそれを拡大したり強化したがる、とお考えいただければいいでしょう。

 

 男性なら誰しも、そういう感情を持っているものなのですよ。大なり小なりね。

 

 浮気をされると、「縄張りを荒らされた」、「テリトリーを踏みにじられた」と感じる生き物なんですよ、男ってのはね。

 

 これは、社会において、財力や権力、能力などを、まるで競い合うかのように生きることを宿命づけられた男性という生物個体からすれば、「負け」を意味することになります。

 なぜなら、パートナーという最大・最愛の牙城(すなわち縄張り)を切り崩されてしまったことになるからです。他の男性にね。

 

 

 だから、絶対に浮気されたくないのです。

 

  まあ、要は、独占欲を傷つけられたくない、ってことですよね。

 

 

 ここまでは、比較的、理解しやすい部分ではあろうかと思います。

 ところが、ここから先は、女性にとって不可解きわまりない、謎の理屈が出てきてしまうことになります。すなわちね。

 

 

 「でも、男が浮気するのはいいんだ。」

 

 

 これです。

 おかしいですよね(笑)。

 だって、独占欲を傷つけられたくないのは、お互い様ですもんね(笑)。

 

 したがって、この論理では、なぜ男が許されて女が許されないのかを説明できない、ということになります。

 

 ていうか、そもそも、男も許されねーだろ、というツッコミも成り立ちうると思うんですけれど、それについては、最終的には、よく判りません。

 でも、判らない、で一刀両断するのもつまらないでしょう。

 そこで、生物学の力を借りて、科学的・論理的に、男女のカップリングというものを考えてみたいと思います。

 

 

 それでは、よろしくお願いします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まず、「浮気」というものは、単独で考えるのではなく、男女それぞれの生物学的ミッションと絡めて中身を見てみると、その罪悪の度合いがどの程度のものであるかが明らかになってくるように思われます。

 

 

 そうしたミッション(至上命題)は、男と女で、内容が異なります。

 すなわち、男にとっては、それは「世の中・歴史の構築」であり、女にとっては、それは「子孫の繁栄」である、というふうに考えられます。

 

 男と女では、神様から課せられた(生物学的な)役割が、違うのですね。

 

 

 

 

 一緒じゃないんですよ。

 

 

 

 

 

 だって、一緒であるなら、わざわざ「男」、「女」、それぞれ異なる性別に分かれている意味がありませんからね。

 

 男女2種類の性別が存在するということは、各自にそれぞれ異なる仕事を分担させる必要があるからこそ、そういうシステムになっていると考えられるのです。

 

 ここを混同せず、冷静に男女の結びつきというものを考えることが、問題解決の糸口になると思います。

 

 

 

  ここ、いちばん大事です。

 

 

 

 まあ、男女の性差は社会が作り出した形式的な違いにすぎず、本来的な差異だと見做すべきではない、との意見(ジェンダー論)があることは承知していますけれど、それを考慮しだしたら話がここで終わってしまうので、とりあえず、男女に与えられた役割は違うんだ、との前提に立って、論考を進めていきたいと思います。

 

 

 

 

 

 さて、それでね。

 まず、男についてみて参りますとね。

 男にとっての生物学的至上命題は、「世の中・歴史の構築」であると、先ほど申しました。

 男は、(子供の頃はまた別なんだけれど)大人になると、社会に出て、働いて、自分や家族、或るいは、自らの所属している共同体や業界、場合によっては国家や世界の利益のためにさえ、貢献するのが望ましいと考えられます。

 

 

 要するに、世のため人のため、一生懸命に尽力すべきである、ということなのですね。

 

 

 もちろん、そうしたくない人には、そうしない自由があります。でも、そうしない限り、男ってのは、絶対に女性からモテることはありません。

 

 

 モテるための科学的メソッドがあるとするなら、それは、世のため人のため、少しでも周りから一歩抜きん出た仕事を成し遂げることだと思います。

 

 そうした努力を日々、長期に亘って続けていくなかで、ようやく、男は自身の身体を構成する細胞の一つ一つを、DNAレベルから変えていくことができるのです(詳しくは、過去記事でもご紹介した、トラック・ダウン理論をご参照ください)。

 

 個人差もあると思いますけれど、まあ、何の変哲もない普通の男性が、不特定多数の女性から好かれ、その中から一番気に入った人を選び出し、獲得できるようになるまでに要する時間がどれくらいなのかというと、大体、20年くらいです(努力を開始してからですよ)。

 

 つまり、言い換えるなら、男にとって女性というのは、大きな仕事を成し遂げた見返りに神様が与えてくれる“ご褒美”である、といえるのですね。

 

 

 この、男にとっての女性の科学的位置づけを“ご褒美”であると捉える考え方のことを、私のオリジナルな用語で、「ご褒美理論」といいます。

 

 

 男は、自身に課せられた生物学的至上命題たる「世の中・歴史の構築」という大仕事を成し遂げた場合、報酬として、女性を与えてもらえます。逆に、それをサボっているなら、女性を授けてもらえません。そういうような仕組みになっているのです。

 

 

 

 

 

 それって、まさに“ご褒美”そのものじゃないですか。

 

 

 

 

 

 

 

 “天使がくれた砂糖菓子”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 喩えるなら、ケーキのようなものだとお考えください🍰。

 

 

 一働きした後で、「今日一日、ご苦労さまでした。😉」みたいな感じで、“ご褒美”として、支給されるもの。

 

 

 

 

 

 それが、男にとっての“女”です。

 

 

 

 

 

 

 

 さて、そうであるならね。

 “ご褒美”って、多ければ多いほど、よくありません?

 ケーキを1個食べて、美味しかったら、じゃああともう1個、そしてそれを食べたあとで、さらにあともう1個••••••みたいになりません?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから男は、浮気してしまうのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だって、甘くて、美味しくて、刺激的なんだもーーーーーーーーーーーーーーん!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それで、逆に考えると、女性という存在は自身にとっての“ご褒美”なので、自分以外の男性とは絶対にそれをシェアしたくない、ということになります。

 

 

 

 それは、当然のことです。

 

 

 

 どこの馬の骨だか判らないようなやつが食べ残したケーキを、「さあ、召し上がれ♡」と差し出されても、感動できません。

 

 

 

 

 もうお判りですよね?

 

 そう。男は、自分が浮気したがるくせに、そのことは棚に上げて、女性の浮気を許そうとしないのは、そのような理由に基づいているためなのですね。

 

 

 

 

 したがいましてね、或る女性が誰か他の男性と結婚したり交際したりした場合は、ご褒美性の観点から、その女性はこちらにとって、恋愛の対象外であるということになります。

 

 もちろん、すべての男性がそう判断するとは限りません。ただ、私個人のことを述べるなら、人妻に手を出す趣味はございません、と申し上げておきたいと思います。

 

 

 

 もうね、(これも程度問題ではあるのだけれど)女性がブログやSNS等で誰か別の男性のことを話題に出したり、ツーショット写真を上げたりしている(もしくはそれに類することをする)のを見ただけで、冷ややかな気持ちになってしまうこともあります。場合によっては、恋愛感情が冷めてしまうことにもなりかねません。判りませんけどね、そのときになってみないとね(最近はちょっと大人になって、平静を保ちたいという気持ちもあるにはあります)。

 

 

 

 

  まあ、もし仮に、自分のことだけを一途に想い続けてくれる女性がいるとしたら、どうしても、彼女のほうが可愛く見えてきてしまったりもするんですけどね、八方美人なひとよりもね。

 

 

 

 

 

 

 

  好きな女性と向き合ううえで、男には、「ご褒美性を損ねられたくない」、「ご褒美願望を傷つけられたくない」、という心理がある、ということなのですね。

 

 

 

 

 

 

  だって、人生一度きりじゃないですか。

 

 

 

 

 

 

 どうせなら、最高の“ご褒美”を手に入れたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 新鮮で、完全な状態でね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 女性から見た場合、(一応ですけれど、)恋愛を有利に進めていくためには、自身のご褒美性がどういった状態にあるかという点について、把握しておくのもよろしいかと思います。

 

 そのための目安を、ここにお示ししておきましょう。

 

 「ご褒美性」は、大きく分けて、次の三要素から成っています。

 

 

 ① ビジュアル性

 ② 貞操

 ③ 同調性

 

 

 以上の3点ですね。

 一つ一つみていきましょう。

 

 まず、①ビジュアル性についてですけれど、これはもう、言うまでもありませんよね。見た目が美しくて可愛いことこそが、ご褒美であるための必須要件だということです。

 

 

 次に、貞操について。

 これは、要するに、独り占めさせてくれるかどうか、ということですよね。

 誰とでもデートしてしまう、誰とでも寝てしまう、というような女性は、男からみて、希少価値が低くなってしまうのです。なぜなら、彼女を手に入れたとしても何の自慢にもならないからです。

 

 「俺、昨日、◯◯さんと一夜を共にしたよ。」

 「俺も、共に過ごしたことあるよ。」

 「俺も、あるよ。」

 「俺も。」

 「俺も。」

 「俺も。」

 

 •••っていうんじゃあ、意味が無いわけですよ。

 自分一人だけが彼女と特別な夜を過ごせる、自分一人だけが彼女の大事な部分を知っている、という関係であってはじめて、男は、二人の繋がりの中に価値を感じられるのです。

 

 

 そして、最後に、③同調性について。

 これは、たとえば、漫画的な説明方法になりますけれど、ケーキが、もし仮に、男性に向かって、口汚く罵ったり、生き方や考え方、仕事のやり方などに対して、ダメ出しを連発したりしたなら、彼はどのような気持ちになるか、っていうことです。

 おそらく、かなりテンションが下がってしまうであろうことが、予想されます。

 なかには、「誰がお前なんか食うか!」と捨て台詞を吐いて、去って行ってしまう男性もいるかもしれません。

 男性は、常に、好きな女性から肯定的・好意的に見てもらいたい、と思っているものなのですね。つまり、自分に同調してくれる女性を歓迎する、というわけです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 とまあ、このように、女性を“ご褒美”であると捉えることで、男女のカップリングについての多くの事例をうまく説明できるのですね。

 少なくとも、「男の浮気」に関しては、これ以上の説明方法はないと思います。

 男は、“ご褒美”をできるだけたくさん確保したがる。だから、ときに浮気してしまいたくなったりもする。でも、そのご褒美性を下げるような振る舞いを、女性自らに、されてしまうなら、気持ちが冷めてしまうこともある。

 

 男は、いつだって、女性には輝き続けていてほしい、と思っているものなのですよ、“ご褒美”としてね。

 

 

 

 

 まあ、偉そうなことを勝手に長々と述べて参りましたけれど、そもそも、男が“ご褒美”をいただくには、そのための“受給資格”が要ります。前述したように、世のため人のため、長年に亘り、一生懸命尽力することが求められています。そうした努力の積み重ねによって、男は女性から好かれるような、刺激的な、強烈なオーラを発することができるようになります。

 もし、それを欠いているのにもかかわらず、女性の性的魅力を搾取しようとする男がいるとしたら、彼は、「いやらしい」、ということになってしまいます。浮気しようとした場合もまた、同様です。

 一方、それを備えた男であるなら、女性という名の“砂糖菓子”を味わいまくったとしても、「いやらしくない」、ということになります。それどころか、逆に、カッコいい、という扱いにすら、なり得るのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世の中、うまいこと、出来てます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

  このように、理論上は、「生物学的ミッション」とリンクさせて捉えることで、「浮気」およびその「いやらしさ」の度合いが許されるレベルのものであるか否かが、みえて参ります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 すべての道しるべは、ミッションにあるのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このことは、「女性にとっての男とは何か」、「女にとっての浮気とは何か」、「女のいやらしさとは何か」といったテーマを考えるうえでも、同様に大切な物差しとなります。

 

 

 それぞれ、みて参りましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  前述したように、女性にとっての生物学的ミッションは、「子孫の繁栄」です。

 

 女性は、できるだけ優秀な遺伝子を備えた子孫を残したいとの願望を持っており、たとえば、自分の子供が或る程度成長したなら、その時点で目標はほぼ果たしたことになるのだけれど、今度は、「孫の顔を見てみたい。」みたいなことを言うわけですよ、自分の息子(娘)に対してね。

 それは、子孫繁栄に向けられた、女性ならではの本能であるといえましょう。

 そして、そうした一連の育成事業が、同時に、女性に課せられた生物学的な至上命題にもなっている、というわけですね。

 

 

 さて、そうであるならね。

 女性にとって、男とは何か、と考えますとね。

 それは、生物学的には、「子孫育成のためのパートナー&スポンサー」である、ということになります。

 

 

 

 したがって、相手に関しては、一人いれば充分、という結論が導かれて参ります、No.1の男性がね。

 

 

 判るでしょうか?

 

 「ご褒美」という位置づけはできないのですよ。

 

 なぜなら、繁殖活動においてパートナーとなる男性は、1回の行為につき一人だけだからです。

 一人、決まった相手が確保されれば、そこから先はもう、定員オーバーです。

 

 

 多ければ多いほどいいというものでもないんですよね。

 

 

 そもそも、女性にとって男とは、「何かを頑張ったからその報酬として支給してもらえる」という性質のものではないのですよ。

 つまり、“ご褒美”ではない、ということです。

 

 もっと、宿命じみたというか、避けがたいというか、まるで、イブがアダムの肋骨から出来ているというような、前自然的なもののイメージ。

 

 まあ、単なる“種馬”っぽいものでしかない、との噂もありますけど(笑)。

 

 

 

 

 よく判りませんけれど、「ご褒美」でないことだけは、確かです。

 

 或る程度大人になって以降は、女性は一人でも生きていける強さを身につけることができますからね(詳しくは、過去記事『連帯期間』をご参照ください)。

 

 

  

 従いましてね、ステディー的な、決まった男性が一人いれば、それ以上は、女性にとって不必要な相手なのであって、確保したいという欲求にまで発展しないのです。

 もし仮に、別にもう一人確保したくなったのだとしたら、それはもはや、完全に、“乗り換え”ということになります。つまり、それは、「浮気」ではなく「本気」である、ということになるのですね。

  ということは、その女性が、本気でその彼を確保したいと思い、それに即した行為に踏み切ったのなら、「子孫繁栄」の見地から、その行いは許される•••というか、仕方がないのだと、考えられます。つまり、彼女は、「いやらしくない」、ということになるのです(ただし、その場合は、二股愛でないことが条件となります)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 じゃあ、「女のいやらしさ」とは一体、何なのでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、「本気じゃない」のに生殖活動を行うことである、という結論に(理論上は)なります。すなわち、かいつまんで言ってしまうなら、好きでもないやつと妥協して付き合ったり、性的交渉関係を結ぶことである、ということが導かれるのですね(あくまでもこれは理論です。実際はどうであるか判りません)。

 

 

 

 

 

 

 

 要するに、さらにそれを一般化していうと、女性の貴重な、宝物のような、掛け替えのない、素晴らしい性的エネルギーを、努力不足の男性に、不当に(無駄に)分け与えるのは、いけないことである、いやらしいことである、ということになるわけですよ。理論上はね。

 

 なぜなら、万が一、そうしたエネルギーの(不当な)流出劇が世界じゅうの至る所で繰り広げられれば、神様の悲願でもある「子孫の繁栄」という大事なミッションが、骨抜きになってしまうからです。

 

 

 

 

 

  それは罪深い振る舞いなのです。

 

 

 

 

 

 

 神様は決して、この人類社会を、“妥協の産物”にはしたくないのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この世界の各構成員たちに、進化してほしい、と思っておられるんですよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 みんなに、成長してほしい、と思っておられるんですよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 だからこそ、美女は、ヘッポコ野郎と付き合ったりしちゃ駄目なんですよ。理論上はね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いま、この素晴らしく、美しい世界が、私たちの目の前に、確かな恵みとして存在してくれているのは、過去において、ご先祖様たちが、一生懸命に、必死に、使命を果たしてきてくださったお蔭だと思います。

 

 私たちの代で、それを台無しにしてしまっていいのでしょうか?

 

 この星を、もっと、さらにパワーアップした、快適な、素敵な場所にするべく、一人ひとりが(出来る範囲内で)頑張っていく必要があるのではないでしょうか?

 

 人類が衰退したり絶滅したりするような事態だけは、なんとしても避けなければならないでしょう。そうですよね?

 

 

 

 

  そうであるがゆえに、私たちはミッションを必ず守らなければならないのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 女性にとって、男とは、子孫繁栄のためのパートナーであるので、優秀であること(優秀性)が、その成立要件であることになります。具体的には、大別して、次の三要素が求められることになると思います。

 

 ① 知力

 ② 体力

 ③ 精神力

 

 これです。

 まあ、当たり前ですよね。当たり前すぎるので、説明しません(笑)。

 

 それらを高い水準で兼ね備えている男性が、「優秀」であるということになるし、「いい男」である、ということになるのですね。

 

 

 そうした男性は、おそらくモッテモテであることが予想されるので、もしかしたら、彼は「浮気」してしまうかもしれません。

 でも、しないかもしれません。

 

 男にとっては、「本命」の女性はたった一人だけである場合が多く、他の女性への気持ちは文字通り、「浮気」にすぎない、ということも多かったりします。判りませんけど。

 

 

 

 

 

  私には、判りません。

 

 

 

 

 

 

 

 ただ、最近、強烈に思うのは、“天使がくれた砂糖菓子”というのは、ありがたく頂戴すべきものである、ということです。

 

 

 

 

 

 受給を拒否できない。受給を遅滞することもできない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  (私の場合)“砂糖菓子”を、天使が今後いくつご用意くださるかは、判らないのだけれど、少なくとも、1個は必ずいただかなければならないような気がします。

 

 

 

 そうしないと、天使に怒られてしまいます。

 

 

 

 

 

 “天使”に失礼だからでしょう。

 

 

 

 

 

  この世の粋を集めまくって作られた“天使の力作”ともいうべき贈り物が“砂糖菓子”なのであるから、それはいわばこの星における最高の恵みなのであって、決して軽んじてはならないものなのです。

 

 

 

 

 

 

 

  もし、それを無視してしまうなら、この世の造物主に対して失礼であることになります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから、(受給資格のある男性は)絶対にそれを受け取る必要があるのです。

 

 

 

 

 

 

 

  男にとっては、一見、自分のミッション(世の中・歴史の構築)を遂行するだけで仕事を果たしたかのようにも思えるのだけれど、相手女性のミッション(子孫の繁栄)についても、配慮を尽くさなければならないのだと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 女のミッションにも協力してあげるべきなんですよ、自分のだけじゃなく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 共犯?(笑)

 

 

 

 

 

 

 正犯(実行犯)に対して、共犯(幇助犯や教唆犯)、みたいな(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  共謀罪?(笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不謹慎なことを申しました(笑)。

 

 お許しください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミッションを遂行するのって、尊いことですからね!

 

 

 

 

 

 

 

 そのことを、お互い、肝に銘じておきたいところですね。