橋本順一の哲学

芸術、科学、哲学、政治、経済、健康、恋愛、娯楽など、様々な分野において、思いついたことを綴る「ひらめきエッセイ」です。

鶏と卵

  鶏が先か、卵が先か、という議論があります。

 

 

 たとえば、鶏がいて、卵を産んだとして、やがてそれが孵化し、ひよこが殻を破って出てくるわけですけれど、すると、今度はそのひよこが成長して鶏になり、また卵を産んで、またそれが孵り、ひよこになったかと思えば、またそのひよこが成長して鶏になり、卵を産んで、またそれがひよこになって成長し、鶏になり、やがて卵を産み、ひよこが出てきて成長後に鶏になって、またさらにそれが卵を産んで••••••っていうふうに、延々と、同じプロセスを繰り返していくことになるのですけれどね。

 

  それでですね、物事には始まりがあって終わりがある、と仮定した場合、必ず、何が、どの時点で、どのようにしてスタートし、どのようなプロセスを辿り、どのようにゴールしたか、というふうに、自分が論じたい物事の「始まり」と「終わり」の内容が、それぞれ確定していなければなりませんよね、その一連の流れについての正しい、はっきりとした答えを出すためにはね。

 

 でも、ひよこは、元を辿れば卵だったわけですけど、じゃあ、その卵はもともとは何だったのかって考えると、鶏が産んだものだったのであり、そしてその鶏は昔へ溯ればひよこだったわけで、そのひよこはもともとは卵で、それは鶏から産まれたもので、その鶏も過去を紐解けばひよこだったのであり、そんでもって、それは元を辿ればやはり卵から産まれて••••••というように、延々とプロセスが巡っていって、どっちが「始まり」でどっちが「終わり」であるかが、はっきりしないのですね。

 

 

 鶏が先なのか卵が先なのか、一体どっちが先なのかについては、断定できない、ということになるのですよ。

 

 

 さて、そうであるならば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ば、ね。

 

 ば、なんですけれど、「信じる気持ち」と「成功」の関係も、同じメカニズムになっているような気がするんですよ。

 

 

 どういうことかっていいますとね。

 たとえば、ビジネス書や自己啓発書、エンジェルナンバーのウェブサイトなどで、よく、「信じる気持ちを強く持ち続ければそれが現実化する」みたいなことがいわれていますよね。それで、その場合も、「信じる気持ち」があるから「現実」がそうなるのか、もともと確固たる「現実」があるから「信じる気持ち」が強化されるのか••••••一体どっちなのかが、すぐには決められない、ということなのですね。

 

 

 つまり、両者が互いに影響を及ぼし合う、っていうこと。

 

 

 成功や幸せなどの、結果というか「現実」ってものは、両者の相乗効果によって生まれてくる成果であるような気が、私にはするのです。

 

 すなわち、「信じる気持ち」が「現実」を作り、「現実」が「信じる気持ち」を作る、ということになるわけですね。

 

 

  あたかも鶏が卵を産み、卵が鶏を産む、というのと同様にね。

 

 

 「信じる気持ち」は、自分とターゲット(もしくはパートナー)との間に、直通の、太いコネクションを作る効果があるため、両者間に大きなエネルギー(引力)を生じさせ、互いに引き寄せ合わせて、望む「現実」をもたらしやすくします。

 一方、今ある「現実」が、今の自分の、物事に対する解釈(「信じる気持ち」)に、大きな影響を与えていきます。

 

 

 両方の作用があるのです。

 

 

 さて、そう考えてきますとね。

 もしかしたら、「100%の運命論」は、一部、修正を施さなければならなくなるかもしれません。

 

 

 それにつきましては、また別記事にて、詳しく論じていきたいと思います。